7話
王子が崖の上の聖堂までたどり着いた頃には、もう夕暮れが迫っていました。
教会の前の広場には、見物人が黒山の人だかりとなって、その場を取り囲んでいます。
黒山の向こうから、男の大きな声が、かけつけた王子の耳に届きました。
「これより神の御名において、
きっと、教会の司祭の声でしょう。
王子は、無理やり人ごみをかき分けて、何とか顔だけは最前列に出すことができました。
そこにいたのは、あの人魚でした。
体を長い柱に縛り付けられて、その傷ついた尾ひれを、ほこりだらけの地面に投げ出したまま、ぴくりともしません。
長い髪は振り乱れ、いったい何をされたのか、顔も腕も背中も、すり傷だらけです。
人魚は、王子の気配を感じたのか、うなだれた首を上げて、やっとのことで王子を見ましたが、王子と目が合うと、意識を失ったようにがくりと首を折ってしまいました。
柱の周りには、たくさんの乾いた枯れ枝が撒かれ、人魚の両横にいる兵隊の持ったたいまつには、赤々と火がついています。今まさに火がつけられようしているのです。
司祭のしわがれた声が上がりました。
「少年!やめなさい!命が惜しくないのか!」
見物人はどよめき、司祭は取り乱しつつも、威厳を保とうと必死です。
人だかりの中から、ひとりの男の子が飛び出して、人魚の前に立ちはだかったのですから。
質素な身なりをした王子を、誰がこの国の王子だとわかるでしょうか。
ただの子どもが、威厳を帯びた声で、「今すぐこのような儀式を止めよ!」と、いけにえをかばって怒鳴るなんて。見物人たちは、目をまるくしてその異様な光景を眺めていました。
司祭は、おどすように、白い法衣をひるがえして、王子に向かって宣告します。
「これは国王の命令を受けて教会がやっていることである。下がりなさい。
王の命令に背くのかい、罪深い少年よ」
兵隊は、着火してよいものかわからず、ただ立っています。
司祭の指示があるまでは、動いてはいけないのです。
王子が、もう一言言おうとした、そのとき。
「その子どもは、ただの子どもじゃない。この国の王子ですよ、司祭」
人ごみの向こうで、若い声がしました。
どこか楽しそうな響きを持ったその声は、民衆の頭上から聞こえました。
立派な馬にまたがって、いけにえと王子を見下ろしているのは、他でもない、大臣の息子でした。
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