5話
ふたりの目がしっかり合い、お互いの姿を認めました。
(もしかして、これが人魚?)
王子が鼓動が速くなりました。
その人魚は、白い頬も、瞳も、きらきら濡れて光った、絵の中の女のような美しさでした。
王子が口を開く前に、人魚が、歌うような声でしゃべりました。
しかし、そのまばたきをしない目には、おびえの色が。
「あなた人間?わたしを捕まえる気?」
王子は、はっとして否定しました。
「違います、そんなことはしません!」
王子は、まわりから聞かされていた人魚のうわさを思い出しました。
(人魚と人間は、やはり昔から敵同士なのだろうか?)
目の前の人魚は、すこし表情をやさしくして言いました。
「不思議ね。あなたからは危険な気配がしないわ。人間とは、必ず私たちを襲うものだと思っていたのに。
ではあなたは、私の妹や、姉さんたちを知らない?」
「あなたのほかにも、人魚がいるのですか?」
王子が聞き返すと、人魚は、まず妹のことを話し出しました。
「妹は、私たち姉妹の中で、いちばん美しい妹です。
私たちは、15歳になると、海の底から上がって、水面の上を見てきてもいい掟があるのです。
あの娘も、15歳になると、さっそく陸の上を見に、海の上へ行きました。
でも、人間にだけは気をつけるように、私たちは、あの子にはよく言い聞かせておいた。
人間は危険で、私たちを捕まえて見せ物にしたり、殺して食べてしまうとても恐ろしいものだから、くれぐれも関わらないようにと。
でもあの妹は、夢見がちで冒険好きで、あの日とうとうその夢を、現実に持ち込んでしまったの。
あの子は、人間の王子に恋をしてしまったのです。
そして私たちが止めるのも聞かずに、魔女と取り引きをした。
私たちは、どんなに心配したか!」
水面の揺れに耐えて話を聞きながら、王子は、思わないではいられませんでした。
…王子の眼の前にいる人魚も、月の光を浴びて大変美しい人魚であるのに、
それより美しかった人魚というのは、どれほどの美しさだったのだろう。…
眼の前の人魚は続けました。
「私たちは心配で心配で、よく水の上に顔を出しては、あの子のいる城の中を見守っていた。けれど、やはりあの子の好きな男は、あの子を選びはしませんでした。
このままでは、妹は契約どおり、海の泡になってしまう。
私たち姉は、全員必死で、魔女に捧げ物をしました。
自分の髪を切って、捧げるかわりに、契約を解くナイフをもらったのです。
これで妹が、男を殺せば、足が尾ひれに戻るというナイフを。」
王子は、城…とつぶやきました。
このあたりで城といえば、王子の住むお城の他にありません。
ー人魚が城に入り込んだ。ー
王子は、大臣の子が言っていたホラ話を思い出して、びくんとしました。
人魚は、それに気づかずに続けました。
「そしてあの子は無事、海に帰ってきました。
でも、もう遅かったの。
あの子の体はもう人間に汚されたあとだったから、人魚の泳ぎはできなかった。
人の泳ぎしか、できない身体になっていた。
だからあの子はひとり、追手のかけた網にかかってしまった。
その後、妹がどうなったのか心配して、姉たちはかわるがわる海の上へ見に行った。
でも、戻ってきた者は、誰もいません。
私は、夜だけ水の上に、こうして妹と姉たちを探しに来ているのです。」
王子は、人魚が捕まえられた噂を、城の中でときどき耳にしていたことを思い出しました。
縛られて広場でさらされた上に、最後は、邪悪な悪魔の使いとして、火あぶりにされると。
(それでは、この人魚の姉たちは…!)
王子が、ぞっと身震いした時、
「王子さま!こんな夜中に、なぜ海の上などにおられるのですか!」
城の家来たちが、王子が寝室から消えたことを知って、ボートですぐそこまで捜しに来ていたのです。
たいまつを掲げられて、王子の顔が闇に浮かび上がった時には、もう人魚の姿はどこにもありませんでした。
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