第2話~対決編①~

俺はとんでもないことをやらかしてしまった。


大川の別荘宅に大切な万年筆を忘れてしまった。


現在、車を飛ばしながらも別荘に戻っている。


時間は午後六時半。


辺りは薄暗く、対面の車のライトが顔を一瞬照らす。


既にかなりの時間が経っているため、警察が来ている可能性もある。


大川にはマネージャーだけではなく、編集者や映画のプロデューサーなど多くの人間があの別荘を出入りしているため、大川の死体が見つかっているのは時間の問題だろう。


俺は車を運転しながらも思い出していた。


確か記憶にある限りでは、玄関近くに置いたままになっている。


何故置いたかは記憶にないが、運よく大川は万年筆を玄関に置く癖があるため、他の筆と紛れ込んでいるため、警察はただの筆として見過ごしてくれるだろう。


だが、あの万年筆だけはどうしても取り返したい。


何故なら、俺の父親の形見だからだ。


俺の父親も作家業をしており、あまり知名度を上げることは出来なかったが、かなりコアなファンがいるほど、父の作品を好んでくれる人が多い。


だからこそ、この業界に入ったのもあるのだが、まさかそんな父の形見をましては事件現場に忘れて来るなんて。


犯人としては失格だなと感じながらも、別荘近くまで到着すると、やはりそこには警察の姿があった。


ここは一つ、大川の知り合いとして来ることにしようと考えながらも、車を路肩に停めてから、別荘に近づいた。


海沿いに別荘があるため、人気がなく、野次馬の姿もないため、規制線は特に張られていなかった。


だが玄関近くに警官の姿があるため、俺はすぐに近づき、警官の一人に声をかけた。


「あの、これは何の騒ぎですか?」


「失礼ですが、ここの関係者の方で」


「作家の佐久間雄一です。大川先生とは親しい関係ではあります」


警官は悩んだ表情を浮かべている。


俺は大川とは親戚関係でもない。


恐らく通していいのかどうか悩んでいるのだろう。


それは警官として当然な悩みでもあるため、俺は


「大川先生とは、この時間にここで会うと約束をしていたんで、どうしたものかと」


すると奥の廊下から


「あれ、佐久間先生じゃないですか」


よく見ると、そこには大川のマネージャーを務めている〈河野〉という男性が俺に向かって手を振っている。


俺も手を振ってから


「河野くんは何をしてるんだ」


河野が近づきながらも


「いや、先生こそどうして」


「ちょっと、先生と約束をしていてね」


「そうなんですね。ちょっと待ってくださいね」


そう言って河野は奥の部屋に消えていった。


俺はその間、あまりじっくりと見たことのない別荘の建物に目線を見上げた。


昼間だと、ベージュの色が付いた壁が周りからも目立っており、この建物も三階建てであるため、大きく見えるのだが、やはり夜でもあるため、壁は黒く染まっており、建物もなんだか小さく感じた。


すると、河野が戻ってきて、警官と何かを話している。


「どうぞ」


河野がそう言うと、警官が道を開けてくれた。


恐らく奥に担当の刑事がいるのだろう。


河野も意外とこんな時、気が利くなと思いながらも、玄関をふと見た。


多く並んでいる万年筆の中に、やはり父親の形見のペンがあった。


俺はそれを手に取って、コートのポケットにしまった。


だが、ここで帰るわけにはいかない。


警察は今でも捜査で目を尖らせているのだろう。


変に疑われるような行動はとってはいけない。


そう思い、仕方なく家に上がることにした。


「それにしても、佐久間先生が来るなんて、びっくりしましたよ」


「先生が大事な話があるって言っててな。来たらこんな騒ぎだよ。びっくりしたのはこっちの方だ」


「大事な話ですか。それは知らなかったですね」


「河野くんにも黙っていてくれって」


「珍しいですね」


会話をしながらも、リビングに入ると、そこには多くの捜査員たちが出入りをしており、中には鑑識の姿もあった。


いつもはフィクションの世界だけで作り上げていた世界が、目の前に広がっているなんて、俺はとても衝撃を覚えた。


すると河野が


「岡部さん。連れてきましたよ。佐久間先生です」


するとリビングに飾っている賞状を見ていた女性がこちらを向いて、近づいてきた。


「どうも。警視庁捜査一課の岡部です」


「佐久間です」


見た目では、まるで記者かジャーナリストかと思うほど、スタイルも良くスーツ姿がとても似合っている。


思わず見惚れていると


「あの、佐久間先生」


「は、はい?」


「現在はどんな本を」


「え?」


「先生の書いた「峠の犯人」面白かったです」


「あぁ、どうも」


「峠の犯人」はデビューして間もない頃に執筆した推理本であり、あまり売れなかったこともあり、現在はコアなファンしか知らない隠れ作となっている。


それを知っているということは、この刑事もかなり本が好きなのだろう。


それに驚きを隠せずにいると


「現在はどんな本を書いているのかなと思いまして」


「今は倒叙ミステリーを」


「え? 倒叙ミステリーですか!?」


「えぇ、医者が犯人の小説を」


「いいですねぇ」


そう微笑みながらも俺を見た。


倒叙ミステリーというのは、犯行の冒頭を明かして刑事との対決を描くミステリーを意味し、アメリカや日本に代表的なドラマ作品があるほど、作家の中でもかなり使われている手法でもある。


それはどうでもいい。


今、刑事と呑気に読書感想を話している場合ではないのだ。


「あの、これは一体」


「先ほど河野さんからお話は伺いました。どうやら大川さんからお話があると聞いてこちらに伺ったと」


「えぇ、ですから、この騒ぎは一体」


「実は、これはご内密にしてほしいのですが、大川さんが今日亡くなられまして」


「は!?」


「何者かに殺害されたみたいです」


河野が間に入ってきた。


俺は目を見開きながらも


「殺された!?」


「そのようです。犯人は窓から侵入し、大川さんを殺害したとみられます」


「強盗ですか?」


「その可能性もあります」


「嘘だろ・・・」


そのまま強盗の線で捜査が進んでくれた方がありがたい。


俺はそのために窓を割るという、手間を増やしたのだ。


スムーズに俺の書いたストーリー通りに進んでいるなと思い、岡部の前では絶句したふりを続けていると


「あの、少しよろしいでしょうか」


「はい?」


「実は少しおかしな点がありまして。できれば書斎までお付き合いを」


「いいですよ」


そう言われて、俺は岡部について行くことにした。


しばらくしたら帰ろうかと思っていたのだが、まさかの展開に俺の書いたストーリーが音を立てて崩れそうな気がした。


書斎にまで案内されると、そこには鑑識がドラマで見たことのある番号が付いた置物や、どこに遺体があったのかを記すロープのようなものが置いてあり、ドラマの世界が実際にあることに驚きを示した。


岡部は割れている窓の傍に案内された。


「ちょっと不可解な点がありまして」


「不可解な点?」


「はい。犯人はこの窓を割って、そこから侵入したことになっていますが、どうもこれが気になりまして」


「何がですか?」


「実は、玄関の鍵が開いたままになってたんです」


それは知っている。


大川がこの家の鍵をどこに持っているか当然知らない。


ましては、そんな鍵を探している暇もなかったため、あえて鍵を開けたままにして帰ったのだ。


何もミスは犯していない。


俺は冷静さを貫いたまま


「そりゃ、大川先生は河野くんを始め、多くの関係者が出入りしますから、それで開けたままにしてたのでは」


「それでしたら、玄関から侵入するはずです。大体の空き巣や強盗は玄関をチェックして、鍵がかかっていた場合、窓から侵入するのです」


「でも、最初から窓で侵入する強盗もいるでしょ」


「確かにそれもあります。ですが、それは住宅街だった場合です。住宅街なら他人から見られる率は高いですからね。しかし、この別荘は周りから人目もつかない場所です。それだったら玄関から侵入しても、決して問題はないということです」


俺は思わず開いた口が塞がらなかった。


この刑事、ただものではなさそうだ。


とんだ相手が担当になってしまったなと感じながらも


「そうなると、これは強盗の線は・・・」


「低いと思われます。その理由の一つがこれです」


そう言ってソファを指さした。


そこにはロープが人の形に広げられているのだが、それが一体なんだというのだ。


「それが何か?」


「河野さんから聞いたのですけど、このソファの席に座るのは大体お客さんが来たときだけみたいですね」


河野が「はい」と言う。


岡部は続けて


「それにコーヒーが置かれています。確かに大川さんが一人で飲まれたと思いますが、大川さんが座って見える景色は只の壁です。それも何も飾っていない。それだったら反対側に座られた方がまだマシです」


「大川は作家です。変に景色があって頭が乱れるよりかは、壁を向いていて座っていることもあるでしょ」


「確かに作家の私には、全く想像もつきませんが、それでもいつもはお客さんが来た時だけ座る位置に座っているのが妙に気になっていまして」


「じゃあ、誰かが来ていたということじゃないですか?」


「先ほど河野さんにお聞きしましたが、その日は応対予定はなく、ずっと書斎で執筆をされていました。そちらのパソコンに保存記録が残っていました。ですが、今佐久間先生が仰った通り、誰かが来ていたのは確かです。それが犯人の可能性もあります」


「何故?」


「その場合、コーヒーが置かれているはずなんです。それを綺麗に洗い残しているということは」


「偽装工作の可能性があると?」


「はい」


確かに岡部の推理通りだ。


大川は客人が来ない場合は、あの席に座らない。


基本は反対側に座るのだ。


それを河野が覚えているとは予想外であったが、それでも岡部は着実に真犯人である俺に近づいてきていると思い


「あの、そろそろいいですか。執筆の時間もあるので」


「もう一ついいですか?」


「え?」


「リビングの方で出来れば」


「・・・分かりました」


そう言って岡部は部屋を後にしていった。


一体この刑事は何のつもりだ。


俺を帰らせたくないのかと思うと、なんだか怒りが湧いて来そうであったが、仕方なく河野と共にリビングに戻ることにした。


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