第3話~対決編②~
岡部に連れられて、俺はリビングにまで戻ることにした。
早く帰りたいというのに、何故ここまでこの家にいなくてはいけないのか。
俺は不信に思いながらも、岡部に促されて椅子に腰を掛けた。
岡部は対面の席に座り、メモ帳を開いてから
「大川先生とは、作家仲間でかなり仲がいいとお聞きしましたが」
「はい。確かデビュー来から、かなりお世話になっていまして、今でも共に食事をするほど、仲は保っていました」
「ちょっとお聞きしたいのですが、大川先生はかなり恨まれているとか聞いたことはありませんでしたか?」
「確かに作家仲間からは嫌われてましたね」
「何故?」
「たまに新人作家に対して辛口で評価することがあるんです。それもかなりこの場では言えない表現で評価したりしていたので、それで嫌う人はいましたね」
「なるほど。その中で、こちらの別荘を知っている方は」
「何人かいますよ。俺を含めて、あと三人くらいはいると思います」
「その人たちはミステリー作家の方ですか?」
「えぇ、そうですけど」
「その方々は、皆様手書きで書かれていますか?」
「みんなパソコンだと思いますよ、何せ若い作家が多いですから。俺だけは手書きですけど」
「なるほど」
そう言ってメモ帳に書き始めていた。
岡部は何を考えているのだろうか。
俺はあくまでも第三者のふりをして今この場にいるのに、まるで俺が大川の事件に関係しているかのような聴取である。
顔を苦くしながらもただ岡部の書いているペンを見ていると、少し気になったため
「そのペン、どちらで」
「はい?」
「いや、職業柄。それが気になりまして」
「これは、以前刑事仲間が買ってくれたんですよ」
「失礼ですが、どちらで」
「確か〈稲葉堂〉でしたね」
「なるほど。それ、壊れても持っていた方が良いですよ。かなり高く売れますから」
「本当ですか!?」
岡部の目が変わった。
〈稲葉堂〉は文房具屋としては百年は続く老舗であり、太平洋戦争中では軍事関係者がこぞって訪れるほどの人気店であり、創始者である〈稲葉三郎〉は元々ミステリー作家であり、保守思想が強い人間であったため、当時の陸軍大臣とも上手く仲を保っており、戦争中では陸軍大臣たっての希望で、裏のフィクサーとして関与していたという噂も残っているほどだ。
今では稲葉堂は全国で東京と大阪の二店舗しかなく、かなり貴重品として有名なものだ。
それも岡部が使っているペンは、稲葉家の家紋が入っている。
それはかなり貴重品であり、現在手に入れようとするだけでも数万から数十万円の価値がするほどだ。
俺は目を光らせながらも
「それはいつ購入をされたのですか?」
「分からないです。何せその刑事仲間はかなり年上の方でして、五十年前に買ったと言ってました」
「確かにその時代は、稲葉堂はかなりの店舗数を持っており、あまり価値はありませんでしたが、創業者の死去以降は、かなり潰れてしまいましたからね。今ではかなりの価値がありますよ」
「なら、今度見てもらいます」
「今は稲葉堂が販売していた普通のペンでさえも、五万で取引されていますからね。かなりのコレクターが欲しがっていて」
「五万ですか!?」
「恐らく、そのペンは創業者の家紋が入っているので、二十万・・・いや三十万以上は取引されるのでは」
「大金持ちになりますね」
「まぁ」
これでだいぶ話はずらした方だ。
俺がペンを詳しいのもあったかもしれないが、それでも岡部が今の食いつきを見ると、きっと他の話にずらしたことで、戸惑うはずだ。
そう感じた俺はつい微笑んでいると
「そうだ。ペンで思い出しました」
「え?」
「ちょっといいですか?」
「は、はい」
そう言われて俺は岡部に玄関まで連れてこられた。
ペンの話で何か事件のことで思い出したことがあったのだろうか。
そうなると、俺はとんだ橋渡しをしてしまったため、内心後悔していた。
すると玄関にある多くのペンを見始めて
「こちらの万年筆。大川さんは何故かこちらに並べていました。これには一体何の意味があるかと思いまして」
「意味なんて分からないですよ。例えば願掛けだったのかもしれないし。あるいは、創作意欲を増すために置いてあったとか」
「なるほど。実は一つ気になることが・・・あれ?」
「ん?」
「おかしいですね。一つペンが足らない」
「え?」
「確か八本あったはずなんですよ。それなのに一本足らない」
「元々七本だったはずじゃないんですか? 間違えることは誰だってあることだし」
「いえ、先ほど忘れないために写真を」
そう言って岡部はスマホの写真を見せて来た。
確かにそこにはペンが八本並んでいる。
まさか写真を撮っているとは想定外ではあったが、もう一つ想定外だったのは、ペンの話通じにここに連れてこられたということだ。
俺があの話をしなければ、ここには今立ってはいない。
あまりにも自分のした愚かなことに、恥じらいを感じながらも、ここは一つ冷静になりながら
「誰かが持っていったということですかね」
「そういうことになりますね」
すると岡部が傍に居た河野に目線を向けた。
河野は慌てながらも
「いえ、僕は何もしてませんよ」
今度は俺に目線を向けてきたため
「俺も取ってませんよ」
「じゃあ誰が・・・」
そう言って岡部は悩み始めた。
しばらく目を瞑ってから、続けて
「捜査関係者が触るわけありませんからね。現場のものを触ってはいけないのは鉄則ですから」
「そうでしょうね」
もうこの空気に耐えることが出来ない。
考えるのは分かるが、俺もそろそろ新作に向けて執筆や、過去作の映画化の話でプロデューサーと会う約束をしているため
「いいですかそろそろ。執筆の時間もありますし」
「あともう一つだけ」
「まだ何か?」
「死亡推定時刻の午前十時から十時半までは何を」
「アリバイですか?」
「はい」
「俺、疑われているのですか? 何もしてませんよ」
「形式的なことなので」
いくら形式的な質問でも、これは人によっては犯人だと誤解されてしまう。
まさかこんなシーンをいくらでも書いてきた人間が、いざ目の前になると怒りを持ってしまうなんて。
普段は冷静にならなければならないのに、何故だか不安で心が溢れそうだ。
だが、聞かれたからには答えなければならない。
そう思い
「家で執筆をしていました」
「お一人で?」
「大体執筆は一人でしょ。人がいると集中できない」
「そうですか。分かりました」
「ではそろそろ失礼します」
そう言ってその場を離れることにした。
チャンスが功を奏したのか、岡部は「ありがとうございました」と言って、玄関を通してくれた。
去り際の岡部の顔がなんだか不気味に思えた。
俺はそのまま車のエンジンをかけてから、その場を全速力で走り去ったのだった。
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