第13話 拾
シュッ
シュッ
執事の拳が空気を切り裂く。
オレはどうにか直撃は避けているが、頬や二の腕には拳が掠った切り傷が増えていく。
「ふうむ、ここまで避けますか。」
「当ててもその魔力で防ぎますか。通常なら腕や首が落ちている所なのですが」
執事の攻撃は激しく、オレはその言葉に反応することも出来ずにひたすら回避に専念する。
「ふうむ、先ほどは戯れに親の顔がみたいなどといいましたが、存外本当にあなたの出自が気になって来ましたよ」
「親など‥‥‥いないっ!」
「ほう、その言い方ですと本当に親を知らない様子――。ますますその血が気になりますな」
「親など! 親など‥‥‥、?!」
親などいない。
オレを捨てたであろう親など。
仮にいたとしても、それは親愛の対象ではなく、復讐の対象だ。
そんな感情が刹那に溢れかえった瞬間――
『ト、キ、オ――――』
「!?」
強烈なフラッシュバック。
脳内に流れるその光景。
目の前の寝台に横たわる女性と、その女性の手を握りしめて泣いている自分。
誰だ
誰だ
これは、誰だ。
『ト、キ、オ――――』
オレの名を呼ぶその女性。
その顔は――
見えない。
しかし、見えずとも
判った。
「か‥‥‥」
判ってしまった。
「かあ、さん。」
そうだ。
「かあさーん!!!!!!!」
ボグッ
「ぐはああああっ!」
突如浮かんだイメージの正体が自分の母であるとわかった瞬間。
オレの鳩尾に執事の拳がめり込んだ。
◇ ◇ ◇ ◇
ここは‥‥‥
意識を取り戻した時、オレは両手を鎖に繋がれ、鉄格子の部屋の中で吊るされていた。
「目が覚めたかこのクソガキィ!」
ドゴッ
罵声と共に蹴りが飛んでくる。
「さんざん好き勝手しやがって!」
ドゴッ
「アーロイン様の命令が無けりゃとっととぶっ殺してるんだがなぁ!」
ドゴッ
繰り返される罵倒と暴力。
蹴られる際に、魔力を纏わせダメージを防ごうとするも、
なぜか魔力が練れずにダイレクトに衝撃を食らう。
「はっはぁ! お前なんぞ、魔力さえ封じられればただのガキなんだよ!」
ドゴッ
そうか。
この牢番の言葉から、オレは何らかの方法で魔力を封じ込まれているだろうということが理解できた。
ドゴッ
ドゴッ
「痛えか? オレもお前に殴られて痛かったんだよぉ? だからこれくらいいいだろ?」
ドゴッ
ドゴッ
ふむ、どうやらこの牢番はオレが突入したときにぶちのめした衛兵の一人だったようだな。
ドゴッ
ドゴッ
牢番は執拗にオレに蹴りを加えてくる。
魔力が練れないオレは、当然ダメージも受けているし、痛みだって感じている。
だが。
なぜか少し
心地よい。
『好き』の反対派は『無関心』。
そう、オレはこれまで周りから関心を寄せられなかった。
好意は当然、悪意すらも。
今は、オレに悪意が浴びせられている。
それは、オレが今、この世に生きている証左。
心地よい
心地よい。
さんざん蹴られながらも、こんな感情を抱く自分が狂っていることは自覚できる。
そうか、
オレは狂っているのか。
狂っているから無視される。
狂っているから、居ない者としてみなされる。
なんだ。
こんな簡単な理由だったんだ。
でも、
狂ったオレが、
サナを辱めた奴をぶちのめしたいという欲望を抱いて行動した結果。
こうして
オレに悪意をぶつけてくるやつが現れた。
なんだ。
そうか。
こんな簡単だったんだ。
『欲望に従って』行動すれば
周りは、オレを見てくれるんだ。
そうだ。
今、オレをしきりに蹴とばしているこの牢番は、オレに大切なことを気づかせてくれた。
そうだ。
お返ししなければ。
返報性の法則。
自分が何かしらを受け取ったとき。
その相手に同等以上のお返しをしたいと思う気持ちが生まれる。
よし、お返しだ。
オレは両手と同様、鎖でつながれている両足に魔力を込める。
その魔力は何らかのチカラで阻害される。
でも、もう一回魔力を込める。
うまく練れない魔力をうまく練ろうと何度もトライする。
何度も
何度も。
すると、
ブチィイイイイイ!
ドゴギャッツ!
足を拘束していた鎖はちぎれ、見事お返しの蹴りを牢番の下腹に突き刺すことが出来た。
牢番は、苦悶の声を漏らすこともなく崩れ落ちる。
「あれ?」
さっきまでオレに悪意と蹴りを浴びせ続けてくれていた牢番に反応がない。
もうオレに悪意を向けてはくれないのか?
そう思い、牢番の顔を覗き込むと、そこにはすでに生気を失いこと切れた表情。
「そうか、お返しはあまりたくさんになってもダメなんだな」
また一つ気付くことが出来た。
この牢番さんはオレに色々教えてくれた。
感謝しなくてはならないな――
感謝
カンシャ?
かんしゃって、どうやって返せばいいんだろう?
わからない
ワカラナイ
また
わからないことがふえてしまった。
後日、オレはこの時のことを思い出す。
確かに、狂ってはいた。
狂いながら、
幼くなった身体に思考も引っ張られていった。
いうならば、狂いながら幼児退行していったのだろうか。
でも、そのおかげもあったのだろう。
なぜなら、
その直後に目にした光景に対して
決定的な間違いを犯さずに済んだのだから。
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