第12話 玖
殴られた衛兵が顔をひしゃげさせながら吹っ飛んでいく。
衛兵は当然鎧兜を纏っているのだが、そんなのは関係ない。
素手で殴ったのだが、オレの拳はノーダメージだ。
今、オレは全身に『魔力』を纏わせている。
そう、魔力による身体強化というやつだ。
オレは、この世界に紛れ込んだその日、力任せに暴れまくり食物を強奪した。
その時打ちのめした相手の中には、スラムのまとめ役であり、一番の実力者であるアントニオさんもいたとのこと。
見た目10歳にも満たない少年のオレがそこまでの強さを発揮できた原因として、無意識に『身体強化』を使っていたのではないかと指摘を受けた。
この世界では、魔力というものを持って生まれるのはほんのごく一部。
『魔力持ち』には遺伝の傾向が強く、代々血を受け継いできた貴族に多いとされている。
で、上位貴族の血を引くサナは当然魔力を持っていたため、オレの魔力操作の先生になってくれたというわけだ。
サナの指導のおかげで、オレは無事体内の魔力というものを感じ取ることが出来、それを全身にくまなくいきわたらせることに成功。
意識的にも、無意識のうちにもその魔力の持つ能力を徐々にではあるが行使できるようになってきたのだ。
サナ曰く、魔力という目に見えないものを有形の行使能力とするためには、魔力の操作と強力な意思が必要とのこと。
かつて、上級貴族家の子女として生活していたころのサナは高位の水魔法が使えたそうだ。
だが、お家の騒動で母親も居場所も失った結果、生きる意欲というものを失い無気力となり、その結果魔法は全く使えなくなってしまったとのこと。
なぜ魔力持ちのサナが準男爵ごときにいいようにされてしまったのかと思っていたが、そういう経緯があったらしい。
もっとも、オレと出会ってからのサナは鉄面皮のような表情も日に日に柔らかくなり、徐々に笑顔も増えてきているためか、かんたんな水球を生じさせることが出来るようになっている。
オレはと言えば、『属性魔法』というものはいくら試しても発動はしなかった。
火や水のイメージをどれだけ強くしても、魔力が安定せず霧散してしまうのだ。
だが、身体強化だけはすぐに順応した。
これはおそらく、気にくわないものを全てぶん殴ってやりたいというオレの心の奥底の欲望が具現化したのだろう。
特に殴る行為をするときの拳の強化度合がすさまじかった。
そして、あらゆる理不尽をもってしても身も心も傷つけられたくないという切望。
鉄の棒で殴られても何の痛痒も感じない防御力も手に入れた。
そして、『身体強化』とともにもう一つ手に入れた能力がある。
それは、傷だらけのサナの身体を見た時に感じた強烈な熱望。
『この肌を治したい』
その強い衝動が、『回復魔法』の適性に結びついたようである。
今だ、サナの傷跡はすべて癒すまでには至ってないが、こちらも身体強化と同様日々訓練し向上を目指している。
さて。
今この時は、癒しの力は必要ない。
ただ、破壊のみ!
次々と現れる屋敷の衛兵を右から左に殴り飛ばす。
途中、魔法と思われる火の弾も飛んできたが、それも拳で弾き飛ばす。
弓なりに飛んできた弓矢などは拳を使うまでもなく、素の防御力で弾かれる。
殴り、飛ばし。
目の前に開いたスペースに一歩踏み出し。
また殴り飛ばし、また歩を進める。
そうしてようやく建物の玄関に着いた頃には、門から続く道には多くの衛兵たちが呻き倒れていた。
「どのような御用事でしょうか?」
玄関先で出迎えにきたのは初老の執事然とした男性。
それなりの人生経験を積んだと思われる彼は、オレの後ろに広がる死屍累々の状況を意にも介さず淡々と語りかけてきた。
「準男爵を殴り飛ばしに来た」
「それは困りますな」
「準男爵は屋敷の中か?」
「お答えいたしかねますな」
「なら、勝手に探させてもらう」
「お引き取り願います」
オレが一歩踏みだすと、その執事は強烈な殺気を纏いオレの前に立ちはだかる。
「おや、
「そうか、奇遇だな。オレもそのクソッたれのツラを一度見てみてえと思ってたんだ」
「そうですか。ならば不肖、わたくしめがご両親に代わってしつけてあげましょう!」
執事はそう言いながら拳を突き出す。速い。
オレはすんでのところでその拳を躱すが、少しかすってしまったのか頬から血がにじみ出る。
なんと、鉄で殴られても刃物で切られても傷ひとつつかないオレの身体強化の防御をもってしてもこんなに軽々と傷つけられるとは。
「なるほど、その歳にしては魔力を使いこなしていますね。ならば、衛兵どもが倒されるのも理解できました。」
執事は拳闘の構えを解かずに話を続ける。
「それにしてもその魔力量、どこぞの尊いお家柄のご子息ですかな? はて、わたくしめの知る限りこの国にはあなたのような年頃でそれ程までの能力をお持ちの方はいらっしゃらないと記憶していましたが」
「まあいいでしょう。どうせこの場で死ぬのですから」
さらなる攻撃がオレに襲い掛かってきた。
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