第11話 捌
オレ達が居るこのスラム街。
スラムというものは、大概がある程度の規模の街の外れに形成されるものであり、オレの居る所もその例外ではない。
で、このスラムの元となる街の名前はユーホルトの街というらしい。
この町の領主はヨゼーヒュス・ユーホルト子爵といい、この街の他にも周囲一帯の村々を含めた地域を子爵領として統治しているとのこと。
オレは、これからこの街の貴族の邸に襲撃を掛ける予定だ。
それは、この街に住む下級貴族。
この街の財政面を取り仕切る官吏であり爵位を有する者。
準男爵として叙されているその家は、マンリー家といい、当主はオルヴォ・マンリー準男爵、40代後半の恰幅の良い男性である。
そこは、黒い噂の絶えない場所。
領主におさめる税を中抜きし私腹を肥やしているという噂。
意にそぐわぬ商人に不当な税を掛けるにとどまらず、その商売が立ちいかぬように有形無形の圧力や実力行使をしているという噂。
裏の勢力と結びつき、善良な人々を脅し見目麗しい若い女性を手籠めにしているという噂。
山賊や盗賊団、奴隷商人と結びつき、集落や旅人を襲って攫い、非合法奴隷として売りさばいているという噂。
派閥の異なる領主の治世の陰での妨害、他の敵対派閥の貴族への裏工作等々。
叩けば埃どころではない悪事の数々が零れ落ちてくる悪党。
その実態は巧みに隠され、王国中枢部や領主からの疑惑の目を逸らし躱し続ける狡猾さをも併せ持つ。
ではなぜ、オレはこのような情報を仕入れることが出来たのか。
それは簡単なことで、今オレがボスと奉られたこのスラムの組織、つまりはアントニオさん時代の組織が、この準男爵家からの闇の依頼を受けて様々な犯罪行為に加担していたからだ。
その様子を聞いた時、アントニオさんたちはバツの悪そうな顔でこう語った。
「俺たちだってやりたくてやったわけじゃない。いや、やりたくなかった。だが、仲間の命や生活を守るためには手を汚さざるを得なかった」と。
その悪意はサナにも及んだ。
サナのみならず、見目の良い少女たちは準男爵の慰み者とされ、そのまま気に入られて屋敷に留め置かれたり、過酷な扱いを受けてそのまま帰らぬものも多かったそうだ。
では、なぜサナは汚されながらもスラムに戻ることが出来たのか?
屋敷に留め置かれても無理のないと思われる容姿を持つ彼女は、どうやら出自に訳アリというやつらしい。
どうやら、サナはとある上級貴族の妾の子として認知され、それなりに優雅な幼少期を送れていたらしいが、家の中での女たちの権力闘争の結果すべてを失いスラムに流れ着いたのだとか。
そして、そんな高貴な血を持つ、もはや何の後ろ盾も持たない美しい少女に食指を伸ばす下級貴族の当主。
サナは屋敷に呼ばれ、ありとあらゆる調教を受けたらしい。
しかし、それに屈せず鉄面皮と無反応を貫いたサナ。
準男爵は興味を失い、その少女を放逐する。
命を奪われなかったのは、さすがに高位貴族の血を引いているだけあって直接手にかけることを憚ったのだろうとのこと。
オレが暴れて眠り、建物の中で目覚めたあの日。
裸でオレに寄り添うサナの身体には、その時に付けられたと思しき傷跡が数多く残されていた。
その傷の訳を聞いた時、オレは準男爵の邸を襲撃することを心に決めた。
そう、欲望に従って。
襲撃の件を皆に話した時、アントニオさんは反対しなかった。
逆に、襲撃計画が成功するように様々な情報を教えてくれた。
その目には、この閉塞した生活に何らかの変化をもたらしてほしいという希望の灯があった。
支配され、誇りも奪われ、いいように道具として使われる。
そんな生き方でも、生きていることは確か。
ただ、死んではいないというだけの生。
そんな日々に終止符を打ってほしいとオレに懇願する。
そして、オレと一緒に準男爵家に襲撃したいと名乗り出る面々。
だが、オレはその申し出を断る。
何故ならアントニオさんたちはすでに顔が知れている。
もし、襲撃が失敗すれば報復を受け郎党皆殺しに会うだろう。
幸い、オレはまだこの地に現れたばかりで面が割れていない。
失敗してもアントニオさんたちに被害が及ばぬように。
◇ ◇ ◇ ◇
「こんばんわ」
「なんだガキ!」
オレは、裏から侵入するような姑息な真似はしない。
正々堂々、正門からマンリー準男爵家の屋敷を訪ねる。
「準男爵様に用事がありまして」
「お前のようなガキが来るなど聞いておらん!」
だろうな。
「はい、約束は取り付けておりませんので」
「ふざけているのかこのクソガキ!」
「お取次ぎ願えませんか?」
「これ以上しつこいなら叩き出すぞ!」
「そうですか。では、仕方ありませんね」
「!?」
「推し通るぞごるあぁ!!」
オレは、ジャンプして門番の衛兵の顔を兜越しにぶん殴った。
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