第9話 陸

「なあ、オレはこれから何をすればいいんだ?」



 スラムにしては上等な食事。


 あてがわれたサナという少女。


 そして、部下にしてくれという少年たちや、ボスを代替わりするというアントニオさん。


 いきなり降ってわいたボスという役割。


 オレの口から出た質問は、素直に感じたままの疑問であった。



「なに、特に何もすることもない」


「お前はボスなのだ。しいて言うならば、やりたいようにやればいい」


 

 うーん、やりたいようにと言われても‥‥‥。



 そこで、ふと疑問が浮かぶ。


「なあ、さっきのパンとか、他にも入り用のものがあるだろう? これまでは、そんなモノとかカネとかはどうやって手に入れていたんだ?」


 オレの一言が、この場の空気を凍り付かせた。


 サナは一瞬身をこわばらせ、アントニオさんはバツの悪いような顔をする。


 若い少年たちは――、半分は満面の笑みを浮かべるが、残りの半分はアントニオさんと同じような表情だ。


 

 なるほど、まあ、察しはつく。


 なんせスラムという土地柄だ。


 非合法、非人道的な手段もあるのだろう。


 元騎士団にいたというアントニオさんらはその行為を恥じての表情であろうし、何も考えていない若者は、善も悪も関係なくただ目の前のミッションを頑張ってこなしたという自負からの笑顔なのだろう。



「おい、お前ら、席をはずせ」


 そこで、アントニオさんは若者たちを退室させる。


 部屋に残るのは、オレ、サナ、アントニオさん。


 そして、アントニオさんは語り始める。



 これまでの、部下や住民を守るための違法で非道な過去の所業を。


 とある貴族からの依頼を受けて、その敵対する派閥の貴族への放火、誘拐、殺害。


 とある商家からの依頼を受けて、野盗に扮して競争相手の行商人を襲い、奪い、殺害。


 拉致した人物の奴隷商への売却。


 訳アリで売れない少女をその目的の為だけに養い、とある小児性愛者の貴族からの依頼を受けて貸出し。


 などなど、その口からは多くの犯罪行為の概略が語られた。



 少女をどうこうののくだりでは、サナが身体を震わせ両手で自分の身体をかき抱く。


 そういうことなのだろう。



 聞けば、サナはオレが暴れたその日、おれにあてがわれた。


 その目的は、オレがこれ以上周囲に暴力を振るわないよう、その残忍性を向けるはけ口としてあてがわれていたのだ。


 

 それらを語るアントニオさんの表情は暗い。


 元、騎士団に籍を置いたことがある立場で、事の善悪が分からないという事はないだろう。


 自分の生活の為。


 スラムの自分の配下たちの生活の為。


 その為に非道に堕ちた苦悩。



 自分たちが生きるために、かかわりもない罪のない人たちを害するしかなかった。



 オレは、思い知らされた。


 これが、この世界のことわりなのだと。


  


 

 そして、なぜか今日からオレがこのスラム一帯のボスらしい。


 ボスとして、配下を養うためにオレは何をすればいいのか。


 その問いに対するアントニオさんの答えは、「好きにやればいい」。



 では、オレは特に配下を養わなくてよいのかと問う。


 その質問への答えは、


「何度も言うが、好きにすればいい。お前はボスなんだ。むしろ、配下がお前を養う。ただ、その代わり、武力が必要な時は命を張って戦う必要がある。いや、戦わなくてもいい。そうなれば、代りの者がボスになって戦うだけだ。だから、何度も言うが、好きにしていい。」



 なるほど。


 よくわからないことが分かった。


 よくわからないのであれば、


 本当に、好きにさせてもらおう。



 そもそも、オレが何で子供になってこんな世界に迷いこんだのかもわからない。


 日本のあの社畜の、周りから無視されていた毎日の記憶が真実なのか、単なる妄想なのかもわからない。


 本当は、オレはこっちの世界に生きていて、


 アレは単なる夢か、あるいは妄想か。


 それとも、今見ているこの世界が夢の中なのか。



 何もかもがわからない。


 でも、解ったこともある。


 日本も、


 今のこのスラムの世界も、


 どっちもクソみたいな世界だ。


 クソみたいな人間だらけだ。





 どうせクソな世界なら。


『欲に従え』


 ぶっ壊しても構わない。




 どうせクソな奴らなら。


『欲に従え』


 ぶち殺しても構わない。




 どうせクソな自分なら。


『欲に従え』


 全て壊れても構わない。




 すべて、自分の望むままに。


 すべて、自分の欲の為に。


 ただひたすらに、我がままに。


 そんな風に生きてもいいのだろう。





「サナ」


「‥‥‥はい」



「お前を辱めた奴は覚えているか?」


「‥‥‥覚えている人と、そうでない人がいます」



「アントニオさん」


「ああ。下衆な輩の名前と顔は、俺の頭の中に全て入っている」



「サナ。オレは、お前を気に入った」


「はい」



「だから、そんなお前を汚した奴らをすべて消す」


「は、はいっ!」



「アントニオさん、いや、アントニオ」


「ああ。」



「力を貸せ。オレの欲望を満たすために」


「ああ、解った。任せてくれ」




「よし、じゃあ、まずはオレが使ったという身体強化とか、魔力がどうとかいう詳しい話を聞かせてくれ」





 その日、スラムに新しいボスが現れた。





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