第6話 参

 殴られた部長さんとやらは、激昂するかと思いきやズボンを濡らして怯えていた。


 強気だったのは殴られる前までで、オレに一発殴られた後は必死で許しを請い続けるだけだった。



「警察呼んでもいいんだぞ?」


 部長さんはオレのその言葉に一瞬表情を変えたが、



「まあ、その時はこの会話と映像も警察に提供するし、もちろんネットやマスコミにも流させていただきますが」 


 オレのその一言で再び黙り込む。



「それで、部長さん? 確か今日は契約についてのお話だったかと。そちらの話はどうされますか?」


 言葉もなく、鼻血を流しながらただただコクコクとうなずく部長さん。



「それは、契約していただけるという事で宜しいのですね?」


 さらに頷く部長さん。



「ありがとうございます。あ、申し遅れました。私はこういうものです。」


 オレは名刺を1枚放り投げる。



「苦情は私に。商談は西田に。よろしくお願いしますね。」



 そう言って、オレは西田さんを伴い料亭を後にした。





◇ ◇ ◇ ◇


「‥‥‥空石先輩、起きましたか?」



 ここは、オレのボロアパート。


 今いる場所は、固く汚れた布団の上。


 そこに居るのは、衣服をまとわぬ二人の男女。


 布団の中でオレにしなだれかかる西田さんがオレの顔をのぞきこんでいる。


 


 料亭での出来事の後、西田さんがオレを食事に誘ってきた。


「今日のお礼をしたいので奢らせてください」と。


 腹が減っていたオレはその誘いを快く受ける。



 

 そして、欲に従い飲み食いをして。

 

 欲に従い自宅に誘い。


 欲に従い花を散らした。


 彼女は、初めてだった。




 なんだこれは?


 なぜ、オレは女性を家に連れ込んでいるのだ?


 昨日までのオレでは全く考えられないような状況に戸惑う。



 なぜにこうなった?


 思えば、オレに変化が現れたのは昨夜の夢からだ。



 宇宙のような不思議な場所に行き、


 薄汚れた村の中で子供になって。


『欲に従え』という頭の中の言葉に従い食べ物を強奪して。



 そして夢から覚めてもその言葉は頭の中に残っていて。


 その言葉に操られるようにいつもと違う行動をして。


 それでなんやかんやで女性を抱いて。



 素肌に感じる女性の体温。


 今日は、休日だったな。


 オレは、腕の中の女性をぎゅっと抱きしめ、そのまま再びのまどろみの中に身を任せた。





◇ ◇ ◇ ◇



―――ん?



 まどろみから意識が覚醒する。


 腕の中には柔らかく温かい女性の感触。


 だが、なんとなく違和感を感じる。



 目を開けると、そこは知らない天井であった。


 なんというか、昔の日本のかやぶき屋根そのままといった印象。


 なんだこれは。


 どこだここは。



 そう思い、自分の身体に視線をやると、粗末な藁で編まれたような夜具が二人の身体を覆っている。


 そして、見るからにオレの身体は小さい。


 その体には覚えがある。



 あの時、空腹に耐えかねて周囲の人々に襲い掛かったときの子供の身体。


 どうやら、オレはまたあの夢の中に戻ってきたらしい。



 ん?


 となると、今この腕の中にいる女性? は誰なんだ?


 夜具をはねあげ女性の顔を起こしてみると、そこには見覚えのある面影。


 そう、あの夢の中でオレのすぐそばで感情の抜け落ちた表情を向けてきていた10歳前の少女だった。

 


「起きた?」


 その少女が問いかける。


 あれ?


 言葉が、解る。


 前は確かわからなかったはずなのに?



「水、汲んでこよっか?」


 少女はそういうと裸のまま立ち上がり、粗末な布をまとって外に出ていく。


 外?


 そういえば、ここは建物の中だ。



 たしか、以前見た夢ではおれは外で寝ていたはずだったが。


 というか、過去に見た夢をこれほどまで詳細に覚えていることに驚く。



 前回の空腹と言い、人に襲い掛かったときの痛みといい――


 これではまるで夢ではなく現実ではないか。



 そんなことを考えていると、さっきの少女が木で作った器に水を汲んで戻ってきた。


 その器を受け取り、一気に飲み干す。


 喉を水が滑り落ちていく感覚がする。



 やはりこれは現実だ。



 そう思ったオレは、その感覚を確かめるべく、目の前の少女の手首をつかんで引き倒し、床に組み敷いた。


 少女は少し驚きながらも、抵抗することもなくオレの為すがままになっている。


 そして、行為に及ぶ。



 その快感は、まさに現実のもの。


 あふれる少女の体液、ほとばしる自分の体液。


 それらの手触りや臭いや味も、これが現実のものであることを物語っている。


 ことが終わり、肩で息をしている少女に問いかける。



「なあ、お前、名前は?」


 さんざんいいように体を弄んでおきながら、その相手の名前も知らないという事に気が付いたオレは思わず問いかけた。


 まあ、日本人の感覚であれば、今こうして改めて名前を聞くというのもどうかと思うのだが。



「‥‥‥サナ。」


 そうか、サナっていうのか。



「あ、あの‥‥‥」


 サナがなにか遠慮がちに話しかけてくる。



「あ、あなたの、な、なまえは‥‥‥?」


 そうか、オレの名前か。



「トキオ」


「え?」



「トキオ。オレの名前はトキオだ。」


「そう‥‥‥。トキオって、いうんだ」



 サナはそう言うとオレの胸に飛び込んで抱きつき、その肉付きの薄い体を密着させてきた。



 

  



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