第5話 弐
「
オフィスの自分の机で報告書を作っているオレに話しかける人物がいた。
彼女は
24歳で成績優秀、入社当時はオレに着いてルート営業を教えたことがある。
まあ、今となってはオレが教えることも何もなく、彼女はオレなんかをはるかに超える営業実績を叩き出しているわけだが。
そんな彼女がオレに相談があるという。
苦情や罵倒なら話は分かるが、一体何の相談だろうか?
「あ、あの! 実は先日開拓した営業先の件なんですが――」
話を聞くと、つい先日彼女は新規の大型取引先と、無事商談を結ぶ運びとなったらしい。
だが、先方は取引に先立ち、彼女と酒の席を望んだらしい。
で、その先方の課長だか部長だかが、とても不快な視線を彼女に送り続けているらしい。
で、身の危険を感じているとこういうわけだ。
「先方からのお誘いは明日なのですが――」
うん、普通に考えたら行っちゃいけないよね。
でも、この会社はどこかおかしいから、身体を張ってもも仕事を取ってこいと公言しそうだ。
なので、上司にも相談しずらいといったところか。
人権侵害もいいところだ。
だからと言って、営業成績ワーストワンのオレに相談されたところでいかがなものか。
実際、もし彼女がいくら貞操を散らかされても営業成績の向上を求めるのならば何も言うことはないし。
自分の身を守りたいのであれば、こんな会社は早くやめろとしか言いようがない。
普段のオレだったら、こういった相談には「オレにはよくわからないから他の人に相談したほうがいいよ」と言ってはぐらかしていただろう。
だけど、今日は何か違っていた。
オフィスにいるほかの社員が、こちらの話に耳をそばだてている。
成績優秀な彼女が成績最低のオレに相談しているという絵面。
それに、今日の朝オレはいろいろいつもと違う行動をしたのも相まっているだろう。
課長もなにやらこちらの様子を伺っている。
いつもなら「そんな奴に相談しないで自分に相談しなさい!」とか言って茶々を入れてきそうなものだが。
まあ、いくら顔の皮の厚い課長でも「契約を取るためにヤラレてこい」とまではいえないのだろうか。
普段偉ぶっているんだから、こんなときには毅然と対応しろと強く思う。
いつものオレだったら、そんな課長に介入してもらうことをも待ち望んでいただろう。
だが、オレの返事は、
「わかった。オレが一緒に行く」
「えっ‥‥‥?」
「身の危険を感じているんだろ? だったらオレが一緒に行ってやるよ」
「でも、先方からは私に一人で来るように言われてて‥‥‥」
「なるほど、オレが同席した時点で契約はご破算になるというわけだな」
「はい」
「まあいい。場所と時間を教えろ」
「だ、だからそれは‥‥‥」
「オレに相談した以上、オレに任せろ」
「は、はいっ!」
定時になった後、そのやり取りを見ていた課長やほかの社員たちの視線を受けながら、オレは西田さんを伴いその会食場所の料亭へと向かった。
◇ ◇ ◇ ◇
「やあやあ、礼音ちゃんよく来たねぇ。さ、さ、こっちに座りなさい」
料亭の個室。
部屋に入った西田は脂ぎった取引先の部長に席を勧められる。
その席は、お膳を向かい合わせた対面ではなく、並べたお膳の隣りあわせ。
そして個室の隣には半開きのふすまで仕切られた、一組の布団の敷かれた部屋。
もう、これだけで有罪判定できそうなものである。
「ぶ、部長様。食事の前に、まずはビジネスの話をしたいのですが」
「なにをつれないことを言ってる! さあさあ、まずは一献交わしてからだ」
「いえ、まずはビジネスの話をお願いします」
「なんだと! いいのかそんな態度を取って!」
「と、言いますと?」
「わからんとは言わせんぞ! 礼音ちゃんの出方次第でこの大口の契約がどうなるのかわからんわけではあるまい!」
「つまり、私が部長さんの意のままにならなければ、この契約は流れるという事でしょうか?」
「うむ、そういう事じゃよ!」
「その部長さんの意のままとは、私がそこの隣室で部長さんと床を共にすることも含まれると理解して宜しいのでしょうか?」
「はっはっは! 皆まで言わせるな。当然だろうが!」
よし,言質は取ったな。
その数十秒後。
その料亭に乗り込んだオレは相手企業の部長とやらと対峙する。
「なんだ貴様は!」
「先ほどのやり取り、およびこの部屋の様子は全て記録しています。」
「だから何だというのだ! 取引がどうなってもいいというのか!」
「お前こそ、そんな卑怯な手を使っておいて、どうなるかわかってるのか?」
「な、なんだと! お前、誰に向かって、ぶぎゃあ!」
オレは感情のままに、部長さんとやらを殴り飛ばした。
権力を使って若い女性を手籠めにしようとするその汚さが癇に障った。
『欲に従え』
気にくわないやつをぶちのめしたいという欲に従い、オレはその後も部長さんとやらを殴り続けた。
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