第4話 壱
周囲に散乱している瓦礫と血。
そして呻き倒れる人々。
空腹が満たされたオレは、そんな周囲の景色などまるで意に介さずその場に横になる。
ひどく眠い。
何も考えていなかった。
何も考えることが出来なかった。
普通に考えれば、さっきまで周囲の人々に襲い掛かっていた人間がその場で無防備に眠り始めるのだ。
報復で殺されても仕方のないところだと思う。
なのに、その時のオレはその場で眠りについた。
眠気にあらがえなかった。
『欲に従え』
食欲を満たした後は、
睡眠欲を満たす。
どれくらい寝ていたのだろう。
ふと、何かの気配を感じて目が覚める。
オレは、報復で痛めつけられて言う事もなく、命を奪われていることもなく。
普通に、その場で横になっていた。
目を開けて周囲を見渡す。
寝る前にあった光景とは異なり、倒れ呻いていた人々も、散乱していた瓦礫も無く。
その代わりに、いくばくかの食べ物がオレの側に置かれ、
それと少し離れて10歳前と思われる薄汚れた少女が、感情の抜け落ちたような目でオレの顔を見つめていた。
これはどういう状況だろうか。
ぼやけた頭で考えてみるが、よくわからない。
食料は、あれだろうか。
オレがまた腹が減って暴れ出すのをやめさせるために、奪われる前に与えたといった感じだろうか。
すっかり危険人物扱いだな。
まあ、無理もない。
だが、この少女がわからない。
さっき暴れたオレは、このへんに住む人にとって恐怖の対象であるはずだ。
なのに、なぜこんなに近くにいる?
なぜ、恐怖を微塵も感じていないような顔でそこに居る?
感情を感じさせない表情、
目の前にオレがいることも意に介していないかのように。
あ、そうか、
この少女は、オレに関心がないのか。
なんだ。
今までと同じじゃないか。
居ても居なくても同じ。
いつも通りだ。
なら、別にオレが気にすることでもない。
まだ眠気の残っていたオレは、その欲に従い再度の眠りにつくのであった。
◇ ◇ ◇ ◇
ピリリリリリリリリリ
聞きなれたアラーム音。
その音で目が覚める。
そこは、いつものアパート。
オレは布団の中。
「朝か」
スマホのアラームを止め、画面に表示されているカレンダーを見る。
日付は、ビールを2本飲んで寝た日の翌日。
そうか、今日も仕事か。
憂鬱な気分になるが、毎朝の事である。
いつものルーティンで身なりを整え、会社に向かう。
街の様子もいつもと同じ。
疲れたような表情の人々が駅に向かって吸い込まれては、また駅から掃きだされてくるいつもの日常。
大勢の人が行きかいながらも、その誰とも言葉を交わすこともなく。
そして、見慣れた会社へとたどり着く。
「おはようございます」
「‥‥‥」
オフィスに入り、すでに出勤している同僚に挨拶をするが、その挨拶は返されることはない。
これも、いつもと同じ光景。
居ても居なくても同じ。
いるのに居ない者とされている。
特に何も感じない。
何も感じない、はずであった。
だが、この日は少し違った。
ほんの僅か、さざめく感情。
挨拶されたら、返すのが普通だろ。
オレがここに居て、お前に挨拶しているんだ。
オレを見ろ。
オレを認識しろ。
そんな感情が心に浮かんだ時、
『欲に従え』
ふと、昨日の夢で何度も聞いたフレーズがよみがえる。
思えば、不思議な夢だった。
宇宙のただなかで漂い、強烈な意思をぶつけられ。
その後は何処かわからない貧しい村で、
空腹に耐えかねて、
食欲に任せて他人を襲い、食料を強奪した。
そう、『欲に従え』という頭の中の声に従って、
人を傷つけて、奪った。
『欲に従え』
その夢の中と同じように、今も頭の中に声が聞こえる。
『欲に従え』
『欲に従え』
『欲に従え』
その声が大きくなるにつれ、何かのタガが外れる。
「お・は・よ・う・ございます!!」
気が付けば、オレはさっきオレの挨拶を無視した同僚の目の前に顔を突き出し、大きな声を出していた。
◇ ◇ ◇ ◇
ヒソヒソ
ヒソヒソ
日中、オフィスの中は声を潜めた雑談であふれていた。
その雑談の中に出てくる名前は、もちろんオレの名前。
朝に強引に挨拶を迫った同僚は、オレの行動に驚きながらも、小声ではあるがしっかりと挨拶を返してくれた。
こうして、互いに目と目を見ながら挨拶を交わすというのは新入社員の時以来だろう。
そして、それを見ていたほかの社員も、なにか身の危険を感じたのかオレに対して小声で挨拶を返してくれた。
まあ、西田さんと宇佐美君は普通に挨拶してくれたのだが。
そして、始業時間ギリギリに出勤してきた課長にも。
オレは大声で挨拶をした。
しかし、課長はそんなオレに面食らいながらも挨拶を返してはくれなかった。
なので、オレは行動に移した。
課長のデスクの横に回り込み、
戸惑う課長の両肩に手を掛けて。
「おはようございます!!!!」
と、大声で挨拶をかました。
さすがの課長も、たいそう驚いた顔をしながら
「あ、ああ‥‥‥? おはよう‥‥‥」
そんな挨拶を返してよこしたのだ。
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