第2話 壱

 今日も、この夢か。


 夢の中なのに、意識がある。


 今まで見たこともないはずなのに


 なぜか見慣れたとも思えるこの風景。



 いつも、この夢を見ると不快になる。


 現実と同じように。


 現実よりさらに悲壮に。


 そこには、より鮮烈な孤独があった。


 まるで、人の胎から生まれたという縁すらも疑いたくなるほどの孤独。


 それなのに、なぜか懐かしくも感じる。



 そして、いつもであれば、まるで一人だけ世界から隔絶されたように、周りで生活を営んでいる人々をそのまま眺めているのであるが、


 その日は、そこで目が覚める。



 そうか、


 そういえば、ビールをいつもより多く飲んだんだったな。


 会社で西田さんにかばってもらったことがなんだか嬉しくて、酒が進んだ。


 尿意を感じて意識が現実に揺り戻る。


 時計は、まだ4時を回ったところ。まだ寝れる。


 寝ぼけ眼のまま、トイレに向かう。


 半分寝た状態の脳のせいか、その足元はおぼつかない。


 無事、失敗することもなく用を足して寝床に戻り、また横になる。


 まどろみが深まり、すぐに眠りに落ちる。


 眠りに、落ちたのだろう。


 

 目の前には、


 目を覚ます前と同じく、みすぼらしく薄汚れた村の光景が広がっていた。



◇ ◇ ◇ ◇



 ここは夢の中。


 多分、いつもの夢の中。


 自分の目の前には、なぜか深い谷がある。


 さっきまで村の中にいたはずなのに。


 そして、自分はなぜかその谷に足を踏み入れる。


 夢の中の出来事に脈絡などない。


 脈絡はないが、感情や体感はある時がある。


 その時のオレも、


 深い谷の底に落ちていく強烈な浮遊感が身体を襲った。




 腰や臍のあたりが浮くような感覚。


 これと同じような感覚を、過去にも夢で体験したことはある。


 だいたい、ここで焦って目が覚めるのだ。


 焦りと恐怖で冷や汗をかいて、寝床から飛び起きるように目を覚ますのだ。


 だが、


 今は、


 今回は、


 目が覚めない。



 ただひたすら、谷の崖を落下していく。


 夢の中なのに感じる違和感。


 こんなはずはないという戸惑い。


 このまま落ちたらどうなるんだという不安。


 まどろみの意識の中で。


 現実なのか夢なのか。


 いや、夢なのはわかっている。


 なのに、なんか現実っぽい。



 なんだ?


 なんなんだ。


 なんなんだろう、この感覚は?



 そんな思いを抱いたその瞬間、


 その場面は一転し、


 オレは、宙に浮いていた。





◇ ◇ ◇ ◇





――ここは、宇宙だろうか。


 突拍子もない場面転換。


 夢の中ならば、よくあることだ。


 でも、さっきから感じ続けている違和感。


 夢の場面は変わっているのに、連続した変わらない感覚。


 


 夢の中であると知っているのに、現実にも思える感覚。


 そこで、オレはふわふわと浮いているようだ。




 自分の姿が見える訳ではない。

 

 なのに、なぜかわかってしまう。


 今の自分は、まるで宇宙空間に浮かぶ光のもや


 様々なモノが溶け合って混ざったスープのような混沌に浮かぶヒトカケラの何か。


 決して、海に浮かぶクラゲのような確かなナニカではない。



 夢の中なのに、なんでこんなことがわかるのか?


 なんで、クラゲと比べているんだ?


 そんな自分を客観視している自分も存在するという夢の中。


 そこに、突然強い光が近づいてくる。


 光だけに、光速で近づいてきているのだろうか?


 そんなことをまた客観視している自分を認識していると、


 強烈な意識の塊をぶつけられた。






「お前! どこからここに来た!」


 その、意味を伴う意識の塊のような波動は、頭のなかで強烈なインパクトを伴って言語化する。


 その問いかけのような意識の塊の波動に、何か答えようと試みるがうまく意思を表出することが出来ない。


 まるで、水中で言葉を発しようとしているみたいに、ままならない。




「ここはお前の居てよい場所ではない」 



 そして、さらに叩きつけられる、意味を持った意識の塊。





「お前の存在ではここで存在するのは不可能なはずなのだ」

 



「お前は次元のはざまに紛れ込んだ」




「だが、なぜかお前は適応している」




「お前は、お前というモノでありながらお前ではなくなっている」




「それゆえ、存在が不安定だ」




「お前は存在してはいけない、だが、存在してしまった」




「ゆえに、間もなくここからはじき出される」




「その先はどうなるのかは我にもわからぬ」




「いつどこに存在することになるのかはわからない」




「このままでは」




「いずれお前は希薄になり消滅する。」




「このままでは」




「この不規則は次元の崩壊を起こすやもしれぬ。」




「このままでは」




「おまえの消滅は次元の崩壊を起こすやもしれぬ。」



「そうなれば」



「世界の、万事の事象の破滅だ」


「それを防ぐためにも」


「自己をしっかりと持て」


「流されるな」


「お前の


「存在が変化しようとも」


「常に自分でいるのだ」


「‥‥‥」

 





 そして、気が付いた。


 まだ少しまどろんではいるが、多分、目が覚めた。


 さっきまでの夢は何だったのか。


 不思議な感覚。



 ふと、手を見る。


 その手は――



 小さな子供の薄汚れた手であった。



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