第34話「呪いの終焉、心の解放」

「ちょっと。そんな顔してると、皺増えるわよ」


その声に、沙織はぎょっとして振り返った。


そこにいたのは――例の占い師だった。


「……え、え、ちょっと待って……なんで!?どこから出てきた!?」


「ちょっとどころか、ずっといたわよ?あんたの心の隅っこに」


「こわっ」


公園のベンチ。昼下がり。ぽかぽかと穏やかな陽射しの中で、沙織は缶コーヒーを握りしめながら、ひとりぼんやりしていた。ついさっきまで。


(っていうか、なんでここ!?通報されるレベルの出現タイミングじゃない!?)


「相変わらず失礼な心の声だこと」


「えっ、まさか聞こえてる!?」


「まぁだいたいね。言ってるようなもんだし」


占い師は、どこか懐かしげに微笑んだ。


「……で?最近はどう?呪い生活も板についた?」


「やめてよ、そのフレーズ……もう“呪い”って言葉を笑って聞けるくらいには、変わったけど」


「ふぅん?」


占い師はベンチに勝手に腰を下ろし、隣に座る。


「ほんとは、もうとっくに解けてたのよ。あのパラメーターの呪い」


「……え?」


「気づかなかった?《現在の数値:50/100》、もうずっと変動してないでしょ」


沙織は無言でスマホを取り出す。

そこには、あのいつもの表示。


《現在の数値:50/100》


「……でも、幸せを感じたら減るはずだったし、善行しなきゃって思ってたら……上がらないし」


「だから言ったでしょ?“自分次第”だって」


占い師はふんわりと笑う。


「数値が動かないってことは、あんたが“自分で決めた幸せのかたち”にやっと辿りついたってことよ。だから、もう私の役目も終わり」


沙織の胸に、じんわりと温かいものが広がった。


「……私、本当にダメダメで。推しに頼って、善行に依存して、それでも足りないって、ずっと自分を責めてた」


「うん、そうだったね。見ててヒヤヒヤしたわ」


「ひどい」


「でも……」

沙織は笑った。


「最近、やっとわかってきた。自分がどう生きたいかって、他人のためじゃなくて、自分のために考えていいんだなって」


ぽろり、と涙が落ちる。

止めようともしない。

自然と頬を伝って、手の甲に落ちる。


「私、まだ何者でもないけど、でも……今の自分のこと、ちょっとだけ好きかも」


「――あんた、やっと自分のこと信じられたじゃない」


占い師が、やさしく言った。


沙織は涙を拭って、くしゃっと笑う。


「……ありがとう」


「どういたしまして。これで、お役目終了〜」


占い師はひらひらと手を振る。


「ちょっとまって。最後に一つだけ。あなたって、何者なの?なんで私を選んだの?」


「さぁ?たまたま目に入ったのよ。“ああ、こいつちょっと拗らせてるな”って」


「それまた失礼な……!」


「でも、拗らせてる人間って、可愛いじゃない。まっすぐになったとき、誰より輝く」


そう言うと、占い師はすっと立ち上がり、足取り軽く歩き出す。


「……ほんとに、これで最後?」


「うーん、たぶんね?でもまぁ、人生何が起こるかわかんないし」


そう言って、振り返りもせず、風に乗るように去っていった。


その背中を見送りながら、沙織はふっと息をつく。


(パラメーター、もう気にしなくていいんだ)


そう思った瞬間、スマホの画面がふわっと光る。

驚いて見ると、画面には「THANK YOU」の文字と、ローディングマークのようなアイコン。


そして、最後にひとこと。


【あなたのパラメーターは、もうあなたのものです】


その瞬間、ふわっと肩の荷が下りた気がした。


「……あー、めちゃくちゃ泣いた……アイメイク全滅……」


ふらふらと立ち上がって、陽の差す方へ歩き出す。


「今日の自分、ちょっとだけ好き。いや、だいぶ好きかも!」


そうつぶやく声は、ほんの少し、前より明るかった。


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