第33話「駿と再会、でもまだすれ違う」
日曜日、商店街。焼き芋の甘い香りと、ゆるキャラの風船が揺れる。
「今日は特売です〜!卵1パック98円〜!」
ざわつく人波の中、沙織は、ふらっと立ち寄った雑貨屋の袋を手に歩いていた。
(今日はただ、普通の休日……)
そう思っていた、まさにそのときだった。
「……桐谷さん?」
心臓が跳ねた。
ゆっくり顔を上げる。
陽の光の中、眩しくて、でもすぐにわかる――春日駿だった。
(え?……なんで?)
「え、え、なんで……っ?」
「……探してたんです。ずっと」
「えっ……」
「いや、偶然じゃないです。実は、昨日のSNSの投稿で『この商店街行ってきた』って書いてあって……もしかしたらまた来るかなって」
沙織の頭が真っ白になる。
(やめて、かっこいい声でそんなこと言わないで。脳が溶ける……!)
駿の整った顔が真正面からこちらを見つめていて、やばいやばいやばいと心の中で赤ちゃんのようにジタバタしてしまう。
「…………っ」
はっとして、条件反射的にスマホを取り出し、パラメーターアプリを開く。
《現在の数値:50/100》
(セーフ!)
善行してない、でも今超幸せ……なのに、数値は動いてない。
(この人に会ってるだけで、こんなに……)
「桐谷さん?」
「あっ、えっ、あの、ごめんなさい!パラメーターが、じゃなくて……!」
「……パラメーター?」
「いえ、なんでもないです、はい!」
駿が少し笑った。
「……ちょっとだけ、話せますか?」
その目は、真剣だった。
アイドルの顔ではなく、一人の青年の顔。
「もう、ファンとか関係なくて。ただ、僕は……ちゃんと話したいです。桐谷さんと」
胸が詰まる。
駿に近づいた理由も、距離が縮まったきっかけも、すべて“善行”だった。
打算だった。計算だった。
“この人を助けたら数値が上がる”と思って近づいた――その事実が喉につかえて、言葉にならない。
「……でも、私は……」
かすれる声が、そこまでだった。
(こんな顔、見せたくなかったのに)
駿は、その表情で何かを察したようだった。
「……今日は、ちょっと難しそうですね」
優しく、でもどこか切なげにそう言った。
「また、DM送りますね。迷惑じゃなければ」
「……うん」
ぎこちなくうなずく沙織に、駿は少し笑って、
「じゃあ、また」
そう言って、振り返り、少しだけ名残惜しそうに手を振って去っていった。
沙織はその背中を、ただ見送った。
(バイバイ、って、言えばよかった)
---
帰り道、コンビニの前で買ったカフェラテの温度が指先をじんわり温める。
「やば……脳みそ……全部沸騰してる……」
呟きながら、沙織はふにゃふにゃと顔をくしゃくしゃにして歩いた。
(まって、あれは……夢?いや、現実?いや夢?)
「ていうか、なんでパラメーター見てんのよ私ぃ!!癖になってる!!」
カフェラテ片手にツッコミを入れながら、ようやく自宅の扉を開けた。
玄関に入った瞬間、倒れるように床に座り込む。
「……会っちゃった……」
壁にもたれながら、スマホを見つめる。
《現在の数値:50/100》
(本当に変わらないんだ……)
それが嬉しいような、寂しいような。
駿の「話したいです」という言葉がリフレインして、心臓がどくんどくんと鳴る。
「話したい、か……」
(私だって、話したいよ。でも……)
また沈黙が落ちる。
でも、最後の駿の笑顔――ほんの一瞬だったけど、それだけが心の奥でぽっと灯をともしていた。
「……また、会えるよね?」
つぶやいたその声は、さっきよりずっと穏やかだった。
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