第25話「善行モテ期、バグってませんか?」

「桐谷さんって、最近なんか……雰囲気変わりましたよね」


職場の給湯室。コーヒーを入れていた沙織は、同僚の何気ない一言にびくりと肩をすくめた。


「へ? へぇ、そうですかね」


慌てて笑ってごまかすが、心当たりがありすぎる。


──善行パラメーター。

──幸せを感じると減点される理不尽な呪い。

──でも最近、ちょっとだけ……いいことが増えてきた気がする。


(だからって、“雰囲気が変わった”って……どういう意味だろ)


そう思っていた矢先、昼休みに社内チャットが鳴った。


「今日、仕事終わりにちょっと話せませんか?」


相手は隣の部署の営業・石原くん。数日前、会議室に忘れ物を届けたときに軽く話したくらいだ。


(えっ……まさか……)


そして案の定、仕事帰り。


「桐谷さんって、話しやすくて優しいし、もしよかったら……」


人生で数えるほどしか経験のない“告白”が、今、目の前で繰り広げられていた。


──その翌日。


「先輩、あの、桐谷さんって今フリーですか?」


今度は後輩男子社員が、おずおずと聞いてきたという噂が回ってきた。


さらに昼休み。会社近くのパン屋に行けば、


「お姉さん、こないだ小銭落としたとき拾ってくれてありがとね。これ、焼き立て!」


若いイケメン店員から、まさかの菓子パンサービス。


(……モテ期、来た? いや、来るわけない)


いや、でもちょっと待て。


これ全部、「ちょっと手伝った」とか「落とし物拾った」だけの人たちだ。要するに──


「善行した相手から……好意持たれてる……?」


思わずひとりごちてしまい、顔が真っ赤になる。


(ちょっと待って! それって……バグでは!?)


善行すれば数値が上がる。

でも、善行した相手が好きになる。

好かれるとちょっと嬉しい。

嬉しいと、数値が下がる……。


(ループじゃん! いやループ以前に、これ、恋愛フラグじゃなくて善行フラグじゃない?)


そうこうしているうちに、次の“イベント”が起きた。


「はい、これ。昨日ありがとう。お礼にプリン作ったから」


石原くんが、にこやかに手渡してきたカッププリン。手作り。ちゃんとラベルに「Saori」って書いてある。


(えええ……重くない? いや、でも……)


封を開けて一口すくう。


……おいしい。びっくりするほど、優しい味。


「あ……」


その瞬間、例のウィンドウが脳内に浮かぶ。


《現在の数値:70→60/100》


「うわあああああああああああ」


人通りの少ないオフィス裏で叫んだ。誰も聞いていないことを祈る。


(なにこの理不尽カースト。善行したら好かれて、好かれたら嬉しくて、嬉しかったら減点って……)


しかし、プリンの味は確かにおいしくて──何より、もらったこと自体が、ちょっと、嬉しかった。


(……ダメだ。また、減る)


同じ頃、とある事務所の車内。


アイドル・春日駿のマネージャーが、スマホ画面を見ながらつぶやいた。


「この人……どこかで見たような……」


画面には、街中で撮られた写真。駿の祖母が通っていた整骨院の前で、祖母の腕を引いて歩く女性。


「さおり、って名前だったよな……ファンリストに、いたっけ?」


無意識に駿も画面をのぞき込むが、すぐに視線を外す。


「わかんない。でも……なんか、気になる」


マネージャーは考え込んだ。あの日、祖母が「優しい人が助けてくれたのよ」と嬉しそうに話していた。


(アイドルとしてじゃなくて、人として感謝すべきかもな……)


「名前、わかればな……」


そして沙織は──


帰宅後、ふとスマホに目をやり、自分の顔を見て思った。


(……なんか、雰囲気変わったって、言われたな)


画面の中の自分は、ちょっとだけ、顔が柔らかい。


(そんなわけないよ)


そう思いながらも、心のどこかで、


(……でも、そうだったら、いいな)


と、ちょっとだけ思った。


《現在の数値:60/100》

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