第26話「アイドル、推しと繋がる(物理)」

「やっぱり……来なきゃよかったかも」


イベント会場の入り口で、桐谷沙織はすでに3回目の深呼吸を終えた。


――今日は、春日駿のファンイベント当日。


応募者殺到で倍率50倍、まさかの当選。誰より驚いたのは沙織本人だった。嬉しいどころか不安のほうが大きい。なにせ推しと“会ってしまう”のだ。


「夢じゃないんだよね……いや夢であってくれ」


緊張で口元が引きつる沙織に、隣の女の子が不思議そうな顔をする。気づいてごまかし笑いを返すも、その目には死兆星のような汗が浮かんでいた。



イベント会場は思ったより小ぢんまりしていて、客席も近い。というか、近すぎる。あまりに近い。


「うわっ、ステージの段差1段だけ!? 距離ゼロじゃん!!」


心の声が半泣き状態で爆走する中、イベントは始まった。ファンとのミニゲームやトーク企画、笑顔で場を盛り上げる駿。沙織は遠巻きに見ながら、ただただ圧倒されていた。


(尊すぎて逆に実感がない……でも、やっぱり生の駿は、すごく――)


その瞬間、呼ばれた。


「じゃあ次は、こちらの方!お名前は?」


え、ちょ、誰?私?違うよね?と思う間もなく、スタッフが手招きしている。


膝が震える。


(む、無理だよ!駿と、話すとか……!)


しかし、人生という名の強制イベントは問答無用だった。



駿と目が合った。


「……あっ」


不思議そうな顔のあと、少し微笑む駿。


「こんにちは。前に、どこかで……」


(え?なに今のセリフ!? え、もしかして、覚えてる!?)


沙織は完全に脳内クラッシュ。言葉が出ない。いや、なんとか口が動いた。


「す……すす、好……すき……っ、です!」


「あ、ありがとうございます」


頷く駿。スタッフも微妙に笑っている。ファンの悲鳴と拍手が飛ぶ中、沙織は震える手でサイン入りうちわを受け取って、席へ逃げ帰った。



イベント後、スタッフに手を引かれて移動する駿の横に、ひとりの男が並ぶ。


「今の子……ちょっと、見覚えあるな」


それは駿のマネージャー。こめかみに手を当て、過去の記憶を探っていた。


一方沙織は、会場外でプリンを片手にひと息ついていた。


「今日だけはいいよね……このプリン、イベントの記念スイーツらしいし」


一口食べて、とろけた。


「お、おいしっ……」


その瞬間、頭の中に例の表示が浮かぶ。


《現在の数値:60→50/100》


「え、うそ。プリンで10点も?」


幸せを感じると減点される理不尽システム。久々のリアル駿、そして甘いプリンのダブルパンチに、沙織の数値はごっそり持っていかれた。


(いや、でも今日のはしょうがないよ……あんなに頑張ったんだし)


そう自分に言い聞かせながら、スマホを取り出す。


――と、その画面に「占い師」とだけ表示されたメッセージが届いていた。


『期限、そろそろ切れるわよ〜ん』


「……なに、どういう意味?」


驚いて画面を見つめる沙織。その背後、風にふわりと舞う羽織が一瞬だけ写った。


まさか……でも、そんなはず――。


次回へつづく!


《現在の数値:50/100》

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