第24話「恋と呪いのカウントダウン」
「……この中に、必ずいる」
春日駿は、手元のノートパソコンに視線を落とした。
自分宛に届いた祖母の手紙。その文面に添えられていた「桐谷沙織」という名前。ファンレター、イベント参加記録、SNSのコメント、目を皿のようにして洗っていく。
「“さおり”って名前、多すぎる……!」
自室の床には、リストアップしたファンの一覧がずらりと並んでいる。
誰が“あの時の女性”なのか、確証はない。でも、彼女を見つけたい。
一方その頃。
「え? わたし、リーダーですか?」
職場である事務所の一角で、沙織は目を白黒させていた。
派遣社員として与えられた役割は、来月の社内フェアのリーダー。
「沙織さん、こないだのおばあさんの件もすごかったですし、信頼できると思って」
「いやいやいやいや、無理無理無理無理……」
否定しつつも、内心ちょっとだけ、うれしかった。
(……こんな私でも、信頼されてるってこと?)
会社では空気みたいな存在だった。誰にも期待されない方が楽だった。
でも最近、話しかけてくれる人が増えた。相談されることも増えた。
(善行って……なんか、返ってくるんだ)
数値が増えるとき、じんわりと胸が温かくなるような感覚があった。
それは単なるポイントアップじゃない。
その日、帰りの電車で高齢者に席を譲ったとき、隣の若者が自然と続いて席を立った。
「ありがとうございます。……こういうの、見習わないとですね」
なんてことない会話だったけど、その一言が胸に沁みた。
(ああ……善行って、伝染するんだ)
その夜、スマホに表示されたパラメーターがひとつ上がる。
《現在の数値:70/100》
***
「ん〜……“桐谷沙織”……年齢的には一致、イベントにも何度か来てる……でも顔がはっきり写ってない……!」
駿はノートPCの画面にかじりつく。
マネージャーから「無理に調べなくていい」と言われても、気になって仕方がない。
あの時、祖母の話を聞いてくれたという女性。きっと、偶然じゃない。
「……ありがとうって、ちゃんと伝えたい」
ふと、画面の隅に映る、ピントの合っていない笑顔。
ぼやけた輪郭でも、なぜか心に引っかかった。
(この人……かもしれない)
***
一方の沙織は、社内フェアの会議を前に、緊張の極み。
「でも……やってみるか」
心の奥に、前とは違う自分がいる。
誰かに頼られ、必要とされるのは、怖くもあるけど、嬉しくもあった。
会議の後、同僚の女性がそっと声をかけてきた。
「沙織さんって、やっぱり頼れるんですね」
「……え、わたしですか? いや、そんな……」
「うちの部署、前はギスギスしてたけど、沙織さんがいると空気が柔らかくなるって、みんな言ってて」
(……うそ、そんなこと言ってくれてたんだ)
心の中で、ふっと風が吹いたような気がした。
帰宅後、スマホを確認する。
《現在の数値:70/100》
表示は変わっていない。
でも、沙織の中では確かな「変化」が、静かに芽吹いていた。
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