第18話「再会と再炎上 ~中身ゼロの謎女登場~」

「……さっむ!」


早朝の冷たい風に肩をすくめながら、沙織は電柱にもたれかかった。


視界がぐらぐらする。重い。身体もまぶたも。なのに、今日も善行活動は止まらない。


「お、おばあちゃん、荷物お持ちします……あ、あの、コンビニまでですか? むしろ乗ってください、カートに……」


《現在の数値:62/100》


善行でポイントは多少回復しているものの、消費される体力と精神力の方が大きい。完全にマイナス収支。


(なんか……私、もう一回くらい倒れる気がする)


カラカラの笑みを浮かべながら、沙織はふらふらと公園のベンチへ座り込んだ。


「はあ……無理……布団になりたい……」


そんな独り言をつぶやいたときだった。


「まあまあまあまあ。相変わらず、負のオーラが豊作ねぇ~」


ぬるっとした声が背後から聞こえた。


「……あ?」


ギギギと振り向いた沙織の前に立っていたのは、あの女——占い師だった。


「あああああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!!!」


電光石火で立ち上がった沙織は、占い師の襟首をガシィと掴む。


「ちょっと!? なにこの唐突なアクション! 朝から野生のサル!? ちょっとだけ人間やめないで!?」


「人間やめさせたのはどこのどいつだと思ってんだっ!」


怒声MAXで怒鳴りつける沙織をよそに、占い師は飄々とフリスクを口に入れていた。


「ミントって眠気にも効くらしいのよ~。試してみる? あ、でもあなたにはブラックブラックくらいがいいかも~」


「話を逸らすなぁぁぁっ!!」


公園のハトがビビって飛び立つレベルの怒声が響く。


「……で? 私、何のご用件でしたっけ?」


「“でしたっけ”?!?!? あんた側から来たんだろうが!!」


「まぁまぁ、落ち着いて。オーラがぐにゃってなってる。ぐにゃぐにゃよ。マカロニくらいには曲がってる」


「例えが意味不明なんだよ!!」


占い師は、パチパチと手を叩く。


「でもまぁ、いいこと教えてあげよっか」


「……!」


沙織の瞳が鋭くなる。が、次の瞬間、


「近所のパン屋さん、今クリームパン割引中~。あなた、糖分足りてない顔してるからね~。……以上ですっ」


「おいこら!!」


何度も怒鳴る沙織に、占い師はやれやれと肩をすくめる。


「こう見えてね、私だって“情報公開のタイミング”には気を使ってるの。適材適所、味噌は味噌汁にってやつよ」


「ええいっ、味噌ごと帰れっ!!」


占い師はくるりと背を向けた。


「あら、そろそろ次の“お悩みさん”のところ行かないと……忙しいのよ、意外と。ではごきげんよう~」


「待てえぇぇぇぇぇっ!!」


走り出そうとする占い師に食らいつこうとした瞬間、ふと沙織の耳に、ぼそりとした独り言が入った。


「……呪いにもねぇ、実は“期限”ってもんがあったりするのよねぇ……」


「はあっ!? ちょ、それどういう——」


「じゃっ!」


ぱたぱたと去っていく背中。沙織は呆然と立ち尽くした。


「……情報の出し方が昭和のサスペンスかよ……」


そのままベンチに座り込んでいた沙織。気づけば時間はお昼。


「もう今日は善行やめよ。休もう。だって人間だもん……」


スマホを取り出し、画面を見ながらごろんとベンチに寝転がる。


《現在の数値:60/100》


目を閉じながら、彼女はぼそっとつぶやいた。


「“期限”……って、どういう意味だろ……」

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