第17話「俺、やっぱり“あの人”が気になる」
――男は、名前も知らない女の子のことを、何度も思い出していた。
「駿さーん、今日のインタビュー、笑顔多めでお願いしますよ! “爽やか好感度王子”の名に恥じぬように!」
「それ、毎回思うけどどんな二つ名だよ……」
カメラマンの掛け声に苦笑しながらも、春日駿は完璧な微笑みをカメラに向けた。
が、その心のどこかには、昨日倒れていたあの女性のことが引っかかっていた。
(……気づかれなかったよな。あの子にも、周りにも)
スタッフとの談笑、控室でのメイク直し、スマホでの音源チェック。すべてがいつも通りの日常のはずなのに、頭の片隅で“あの時の麦茶”のぬるさすら、はっきりと思い出せてしまう。
「……まいったな、俺」
駿は人気絶頂のアイドルにして、ドラマ主演も決まった“国民の彼氏”。だけど――
「なーんか最近、うまく笑えないんだよな……」
「また“悟り顔”になってますよ駿くん! だめですって! もっとこう、ピースフルに!」
メイク中のマネージャーのツッコミに、駿は「ハイハイ」と肩をすくめた。
(あの子、どこかで会ったことあったっけ?)
いや、きっと初対面だ。それなのに、不思議と印象に残る。
――いや、違うな。印象「しか」残ってない。
汗だくで意識を失っていたのに、麦茶を差し出した瞬間、あんなにも安心したような顔で「ありがとう」と呟いた。たったそれだけなのに、ずっとリピートされる。
「俺、そんなヒマな性格だったっけ……?」
撮影終了後、駿はマネージャーに呼び止められる。
「明日の収録前、イベント挨拶あるから、時間厳守でよろしくねー」
「了解。で、そのイベントって……?」
「あの地域系のやつよ。ご当地キャラ大集合とか、地味なやつ。ファンサービス的にね」
「あー、あれか……」
駿はふと、そのイベントで見かけたある女性の姿を思い出す。
(まさかな)
妙にマイペースで、どこか一生懸命で、そしてちょっと……ズレてる。
「……ていうか、俺、あの人の顔もちゃんと見てないのに、なんでこんなに覚えてんだ?」
ソファにもたれかかりながら、天井を仰ぐ。
「……会いたい、とか思ってんのか?」
一人でそう呟いた自分に、ぞっとして目を閉じた。
翌朝、駿はマネージャーの車に揺られながら、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
(いつもの日常に戻ったはずなのに、どっかで“非日常”がくっついてる感覚)
助手席ではマネージャーがスケジュールを読み上げているが、頭に入ってこない。
「ねえ、駿くん、今日も“王子スマイル”でよろしくね!」
「うん。……まあ、王子、王子って、俺もう27だし、そろそろ次の呼び名欲しいな」
「え? たとえば?」
「“麦茶の騎士”とか」
「それ誰にも通じないよ!? てか何それ!」
駿は少しだけ笑った。
(……あの子、今どうしてるんだろ)
【現在の数値:66/100(沙織の状態は変化なし)】
不思議な出会いが、心に波紋を残し始めた――
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