第14話「近すぎて見えない!? 推しとのニアミス大混乱!」

「ふえええ……めっちゃ人いるじゃん、なにこれ」


沙織は地元商店街主催の“ほのぼのフェス”に来ていた。特設の屋外ステージでは、ゆるキャラたちがステップを踏み、地元バンドが控えめに音を鳴らしている。


「こんな平和空間で善行……やれるか?」


《現在の数値:70/100》


手元のスマホ画面には、いつもの謎パラメーターが変わらず表示されていた。


「今日は下がらない方向で……いや、むしろ上げてこ、上げてこ」


と、意気込んだその時だった。


「みなさま! 本日限りのスペシャルゲストが登場します!」


アナウンスが響いた瞬間、平和な空間が一転する。


「「「キャーーーー!!」」」


ドオオオオッ!


突如湧き起こる歓声とともに、人が雪崩のように動く。


「え、なに? なにが起きた? 事故? 火事? アイドル!?」


「キャアアアア! 春日駿がいる!!」


(……は?)


その名を聞いた瞬間、沙織の思考が一瞬フリーズした。


「どこどこどこ!? 私の駿!? 国民的アイドル、世界遺産、私の春日駿!?」


慌てて視線を走らせたそのとき――


「どいてくださーい! 撮影入ります!」


スタッフTシャツを着た男性にグイッと押され、沙織は脇の通路へ押し出される。


「わ、ちょ、押さないで! 推しの生存確認が先……っ」


その瞬間。


背後から、すれ違うようにして1人の青年が駆け抜けた。


サングラス、マスク、帽子――だが、端正な顔立ちは隠しきれていなかった。


(……ん? 今の人、なんか……)


「駿、こっち!」


マネージャーの声が飛ぶ。


沙織は気付かない。


その青年が、まさに“推し”本人であることに。


そして駿もまた。


彼のすぐ横をすり抜けた地味な女性が、祖母を助けた“善行ガール”だとは気付かなかった。



---


騒然とする会場。

駿は短いトークを終え、ステージ裏へ戻る。


「うわぁ……めっちゃ人来てたね」


「想定の3倍ってところだな。善行ガール、来てなかったかな?」


「いや~それはどうでしょう。でも、なんか……近くにいた気がするんですよ」


駿は人混みの中でふとすれ違った、地味めな女性の後ろ姿を思い出していた。



---


一方その頃、沙織は。


「なんで!? なんで推しの駿が来てて、私だけまともに顔見られてないの!? もう、すれ違いとかいらないから直視させてくれよ!!」


地面に突っ伏しながら、スマホを取り出す。


《現在の数値:39/100》


「うわ、急降下!? なにこれ、これってあれ!? “不幸”の予兆!?」


そのとき、謎のウインドウがスマホ画面に表示された。


> 【警告:不幸イベント発動の可能性アリ】

――適切な“善行”または“冷静な対応”を行うことで回避可能です。




「ふ、不幸イベント……まさか、骨折とかそういうのじゃないよね!?」


慌てて辺りを見回す沙織。だが、すでに人混みは解散モード。


「駿……どこにいたの……いや、どこ行ったのぉぉ……!」



---


その頃、駿は帰りの車内で。


「今日すれ違ったあの人……あれ、背中見たことある気がするんだよな……」


マネージャーが運転席から笑う。


「気のせいだって。何万人のファン見てきたと思ってんのよ」


駿は少しだけ口元を緩めた。


「……でも、その中のひとりが、特別だったりするんですよ」

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