第7章 Final Execution Log

第26話 全軍決戦

 戦況は、最悪だった。


 神罰兵群、最終波──全機、再起動。

 戦線を超えて一斉に起動した超演算体の兵群は、既存兵器のいずれでも対処不能。

 ただ存在するだけで空間演算を歪ませ、味方の演算補助すら無効化するそれらは、もはや“戦う”こと自体が困難な存在だった。


 だがそれでも、軍は戦うと決めた。

 断罪兵装を保有する者たちと、その周囲の支援体制を最大限に投入し──

 これは、「未来」のための最終作戦。


 作戦名:《オペレーション・ゼロライン》


 指揮系統は、統合作戦本部直属。

 軍各派閥の兵力を一時的に統合し、最後の総力戦が始まろうとしていた。


 ブリーフィングルームには、緊張感が満ちていた。

 複数の小隊代表と、その中に混じってリクも姿を見せていた。

 彼はすでに“断罪兵装ゼロ”の適合者として、各部隊からの注視を受けている。


 その中に、一人の少女の姿があった。

 クラリス=ティエル。

 かつて《レガシア》の適合者だった者。


 だが彼女の腰に下げられた装備は、レガシアではなかった。

 ──正確には、“レガシアに似せて作られた通常兵装”。

 中身はただの強化外骨格。

 演算出力は低く、断罪兵装のような“奇跡”はもう生まれない。


 それでも、クラリスはそこにいた。

 彼女は、自分の理想を貫くように、堂々とそこに立っていた。


「“なりたかった自分”じゃなくても、“今の私”にできることがある」


 静かにそう告げたその声には、かつての光とは違う強さが宿っていた。


 リクは思った。

 彼女は今、夢の中にいない。

 理想を手放して、それでも前を向いている。

 それは決して、敗北じゃない。

 “今の自分”を受け入れているということだ。


 会議室の扉が、重たく開く。

 中に入ってきたのは──白い軍装をまとった、痩せた男だった。


 その目は焦点を持たず、ただまっすぐ前だけを見ていた。

 歩き方はゆっくりで、左右の足の運びにほんのわずかなズレがある。

 それは、訓練された兵士の動きではなかった。


「……指示は?」


 誰ともなく、誰かが息を呑む。

 その姿を、記録でしか知らない者もいた。


 カイン=ヴァルネイド。

 《デターミナス》の適合者。


 既に彼は、記憶の大半を失っていた。

 かつて世界を救った英雄。

 だが今は、自分の名前を呼ばれても、きちんと返事ができるかも怪しい。


「彼、ほんとに出すのかよ……」

 誰かの小声が、部屋の隅で漏れた。

「もってあと一戦って話だったはずだろ」

「そもそも、今の彼に適合率は──」


「──黙れ」

 その声を遮ったのは、情報統制局の将校だった。


「彼は、軍の英雄だ」


 だがそれは、どこか虚ろな言葉でもあった。


 軍は、彼を“最後の切り札”として呼び戻した。

 それは、かつての功績ゆえでも、能力の信頼でもない。

 ──ただ、彼が《デターミナス》の適合者だから。


「断罪兵装──運用確認。デターミナス、出力待機中」


 カインは誰の目も見ず、淡々とそう口にした。

 すでに彼にとっての“過去”はなく、残されているのは“武器としての今”だけ。


 その姿を見て、リクは拳を握った。

 人は、どこまで失っても──まだ、誰かを守れるのか。


 仲間たちが黙ってそれぞれの場所に立っていた。

 ザイクは武器の整備を終え、無言でクラリスにうなずいた。

 リリエンは演算補助端末を肩に乗せ、出撃準備を済ませている。

 イリアは後方支援担当として、全員の回線を最終チェックしていた。


 それぞれが、“これが最後だ”と分かっていた。

 それでも言葉にしないのは、それが怖いからじゃない。

 覚悟が、もうとうに固まっていたからだ。


 作戦開始まで、あと30分。


 その頃、後方の観測演算室では──


「……本当に、リクが出るんだね」

 モニターを見つめながら、ミオがぽつりと呟いた。

 その横で、グリスが頭の後ろで手を組みながら答える。


「ま、出るよな。あいつの性格からして、逃げるって選択肢はねぇ」

「でも……逃げてもよかったんじゃないかなって、ちょっとだけ思うんだ」

「それは違ぇよ。あいつが“守りたい”って思ったもんは、きっと俺たちの笑顔とか──その、居場所とか、そういうやつだ」


 ミオはモニター越しに、演算識別に映るリクのコードネームを見つめた。

 《Z-Ø:断罪兵装ゼロ 適合者》


「だから私たちは、笑って待たなきゃだね」

「……ああ。そうだな」


 未来を担う矢が放たれるその時まで──

 彼らは、誰よりも近いところで、それを見届けている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る