第27話 6th shot

 戦場に、音が戻った。


 それは──仲間の悲鳴だった。


 ザイクが、吹き飛ばされた。

 右半身を抉られ、地面に叩きつけられる。

 鉄と肉が潰れる音が、空気を裂いた。

 彼の持っていた槍が、虚しく転がる音が、耳に焼き付いた。


「……っ、ザイク……!?」


 リクの叫びが届く前に、もう次の絶望が迫っていた。

 《終動機カリグラ》──演算核を直結制御する神罰兵の最終型。

 その銀白の巨体が、背後のリリエンに迫る。

 彼女の放った弾幕は、すべて空を裂くだけだった。

 砲撃も、雷撃も、熱線すら通らない。

 無駄だと知った瞬間、カリグラの腕が振り抜かれた。


 赤い飛沫が、視界を染めた。

 リリエンの腕が宙に舞い、次いで胴が折れ曲がった。

 体が、もろく崩れた機械のように倒れていく。


 目の奥が熱くなり、肺が圧迫される。

 声は震え、矢筒から手が滑った。


 轟音が空気を裂いた。視界の奥、弾け飛ぶ肉片。その中心には、仲間の一人——イリアの身体があった。

 通信機の向こうから、耳慣れた声が鳴り響いていた。

《リク、反応不能領域に——》

 そこで音は途切れた。


「……イリア?」


 声に感情が乗らなかった。いや、乗せられなかった。脳が即座に処理しきれず、思考が一瞬、ただの映像記録のように現実を押し流していった。


 カリグラ。

 断罪兵装ゼロが《未来》と定義するあらゆる時間軸において、殺すことが不可能とされた義体兵。完全な無駄動作、完全な無表情、完全な無感情。未来演算における予測不可能性、百パーセント。


 その存在が、ただ歩いてくる。銃撃は意味を成さない。クラリスの放った光剣すら、彼の肢体を掠めることすらなかった。


「リク、逃げろ!」


 ロジェの怒声。空間越しの叫びに似たそれもまた、数秒後には……。


 ——ぐちゃり。


 乾いた音すら拒絶するような鈍く濡れた破裂音が耳朶に響いた。反射的にそちらを見ようとした瞬間、ゼロが警告音を発する。


【視認警告:未来視点との乖離を感知】

【視線遮断を推奨】


 見たら壊れる。わかっていた。だが——


「ッ、やめろぉぉぉおおおおおッ!!」


 視界に赤が弾けた。クラリスだった。いや、“クラリスだった何か”が、地に転がる。顔がない。右腕が潰れている。細く、華奢だった足が千切れている。


 リクは叫んだ。感情が爆発した。全身が震えた。


 そのときだった。


【第六階層選択:グラント・パス】

【代償選択:未来分割・神経接続深化】

【発動:完了】


 ゼロが彼の腕を貫いた。神経が焼ける。骨の奥が震える。意識が明滅し、視界がモノクロに変わる。

 そして、来た。あの流れ込んでくるような感覚。自分が“体験していない戦闘”が、記録として注入される。まるで他人の人生をなぞるように、戦術と視界が脳内に構築されていく。


 身体が勝手に動いた。彼の指が引き金を引いた瞬間、矢が風を割り、そしてカリグラの首元に突き刺さった。


 だが——倒れない。


 義体はわずかに揺れたのみだった。カリグラの動作が一瞬、止まり……そして、また前進を始める。


「まだ、足りない……ッ!」


 リクの声は掠れていた。次の一撃を放つ。その瞬間、再び警告。


【追加接続:未来記録照合を継続】

【身体制御優先度:ゼロ側50%超過】

【使用者への精神圧迫:警告域】


 構わない。

 どうでもいい。

 守れなければ、意味がない。


「ゼロォォォォ!! 使わせろ!!」


 二度目の《グラント・パス》。


 未来がまた裂ける。今度はもっと深く、もっと鋭く、彼の神経を貫いていく。

 視界が完全にゼロに切り替わる。人間ではない視点。速度、動き、感情すらない風景。戦闘に必要な情報だけが刻まれていく世界。


 一撃。二撃。三撃。


 カリグラの身体を抉り、破壊する。だが、再生する。義体の自己修復。破壊の意味がない。

 その間にも、仲間たちは死んでいく。ノルダ、ロジェ。


 リクの中で何かが壊れた。叫びすら出なかった。ただ、ひとつだけ——


「……お願いだ。もう、やめてくれ……」


 その瞬間、ゼロが再び告げる。


【戦闘継続の選択:可】

【第六階層:追加接続可能】

【神経支配率:72%】


 人間としての制御は、もはや彼の中にはなかった。だが、それでも、リクは叫んだ。


「もう一回使わせろ……俺が、やるッ!!」


 三度目の《グラント・パス》。


 その矢は、神罰兵の頭部を貫いた。ようやく、カリグラが崩れ落ちる。ゆっくりと、膝をついて——


 ——そして、動かなくなった。


 だがその勝利に、喜びはなかった。


【勝利判定:確定】

【情動記録:空白】


 リクは立っていた。けれど、どこか遠くの出来事のようだった。

 勝ったことは知っている。自分が止めたことも知っている。だが、何も感じない。


 それが、《グラント・パス》の代償——


 “分割された未来の喪失”

 “勝ったことの実感を失うこと”

 “ゼロへの神経支配による人間性の喪失”


 ——そして。


 もう、彼の腕は、彼のものではなかった。

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