猫又とあやかし達の忘年会
「凄かったらしいね」
と言ったのは鎌鼬のマスターだ。マスターは読んでいた新聞をカウンターの上に広げて置いた。カウンターの席に座っていた者がのぞき込む。
「S県S町、ダイワゴルフ場、落雷で壊滅状態。復旧の見込みたたず」
という記事が載っていた。しかも、
「現代のカマイタチか!? 森も山も切り裂かれる!」
と書かれてあったので、鎌鼬三兄妹が迷惑そうな顔をしている。
「カマイタチって現象だけは現代でも通用するんだから! あたし達は参加していないわよ!」
と霧子さんが言った。
「まじで凄かったですよ」
とアカナメが言った。アカナメは身振り手振りで闘鬼と紅葉の戦いをみんなに説明していた。そしてついでに自分が良太を助けるのにどれだけ尽力したか、を熱く語った。
良太はあまり格好いい場面もなく、あたしをさらった悪役だったので黙っていた。
あたしは毛皮をぺろぺろと舐めた。
ここは例によって鎌鼬のバーで、今日は年越しの忘年会だ。
気さくな妖怪達が集まって来ている。
あたしはカウンターの上で座って妖怪達を見渡した。
アカナメが大きな風呂敷の包みを二つ持って来ていた。中身は三段重ねのお重で、豪華な料理がぎっしりと詰まっていたけど、大半がクチメちゃんのお腹に入るんだろうと思われる。
クチメちゃんは人間になる夢を捨ててはいないらしいけど、アカナメがせっせと稼いで貢いでいるらしく、最近は空腹を訴えない。その為にアカナメは昼も夜も働いているらしいく、会社はますます忙しくなり繁盛しているらしい。
良太を助け出すのに協力してもらった礼として、会社の部下や弟達を社員旅行に連れて行く約束をしてしまったと、ぼやいていた。
「闘鬼さんに、鬼神・四兄弟が揃ったんじゃ、最初から鬼道に勝ち目はなかったよな」
と良太が言った。
天邪鬼のサキちゃんに良太。サキちゃんが凄い美人だった事に一同あ然とした時がおもしろかった。不細工なサキちゃんの時よりも良太はもっともっと監視の目を光らせなければならない事が発覚した。好色な妖怪どもはこぞってサキちゃんの周囲に集まり、半分くらいは良太にぶっとばされたらしい。サキちゃんは念願のお店を開く事にして、その準備に忙しいらしい。いつか大きな店を持たせてやりたいと良太はホスト業を続けると言っていた。サキちゃんは不細工でも誰かの面倒見がよくて、心が優しかった。でも美人になったサキちゃんはそれに加えて笑顔がとてもよくなった。それは外見が変わったからだけではなさそうだ。
「え?」
良太の言葉に振り返ったのは、テーブル席でスパゲッティを食べている、凱鬼君だった。
彼は鬼神・四兄弟の末っ子らしいけど、闘鬼に次いで強いらしい。
良太に負けず劣らずイケメンなので、妖怪の雌どもがこぞって見物に来ている。
でもほっぺたを膨らませてスパゲッティを頬張る姿は子供っぽい。猫好きだと言ってあたしをなでまわして、闘鬼にぶん殴られていた。
同じテーブルで四兄弟の長兄と双子が座っていた。双子は鬼道にやられた時の傷が治っていないのか顔中包帯だらけだけど、どうも女の子の関心を引く為らしい。
「まあ、俺等もずいぶんとがんばったんやけどな、なんせ相手は鬼道の鬼六や」
「そや、老いてもなお健在やったな、鬼六のじいさん」
次郎さんと三郎さんはそう言ってうなずきあった。
「しかし、まあ、長い歴史を持つ鬼道も終わった」
と言ったのは四兄弟の長兄だった。
「鬼道もなぁ……珠ちゃんさえ傷つけんとおったら闘鬼兄やんも許してくれたんやで」
凱鬼君があたしの背中をなでた。
「珠ちゃん、傷は治ったんかいな」
「うん」
「さすがに闘鬼兄やんの血やな、凄い回復力や」
その話はしたくないので、あたしは尻尾の先をがじがじと噛んだ。
鬼道一族は一匹の生き残りもおらず、全て消滅してしまった。
それだけ、闘鬼の怒りはすさまじかった。
あの時、次郎さんが「俺ら、出る幕ないなぁ」と呟いたのをあたしは知っている。
鬼道一族との戦いは、闘鬼の独壇場だったと言える。鬼六はもちろん、刃向かう鬼達を容赦なく切り刻んでいった。
闘鬼は自分でも押さえられない怒りを持てあましていたように思う。
その闘鬼は忘年会には参加していない。
どこへ行ったのやら、しばらく姿は見ていない。
あたしと不毛な喧嘩をしてから姿を隠してしまった。
だって、酷い話だと思わない?
「鬼の血」の事だけれど。
死にかけていたあたしに血をくれた闘鬼は命の恩人かもしれない。
その結果あたしは猫又になってしまった。妖怪化してしまったのだ。
長い寿命、怪しげな妖力。そして二度と輪廻の輪に加われない存在。
おかげで今回みたいな大怪我でも治りが早いったらない。それもこれも闘鬼の血のおかげだ。でもそれだけじゃない。闘鬼の血は「最強の鬼の子を伝承する」んだそうだ。
冗談じゃないと思うでしょ? 昔昔はそうやって強い鬼を産み増やしていたらしい。
だから鬼神・四兄弟も本当は闘鬼の子供らしい。
子供っていうか、分身みたいなものだろうか。
四兄弟の長兄と凱鬼君が何となく闘鬼に似ているのはそのせいだと思う。でも次郎、三郎さんはちっとも似ていないけど。お母さんに似たのか? お母さん?
とにかくあたしは最強の鬼の血を次ぐ「お母さん」になる権利が与えられた。
闘鬼は昔の話だ、と受け流したけれど、結局今回も闘鬼に振り向いてもらえずに業を煮やした鬼女紅葉が事件を起したのが発端なんだから。
鬼女紅葉は長い間、闘鬼に恋心を抱いていたらしいけれど闘鬼が彼女に振り向く事はついになかった。そして紅葉の野望を叶えるつもりもなかった。
紅葉の計画は「人間界妖怪化計画」だ。妖怪が新しい人間種になる。もう人に姿や能力を隠すことのない、自由な妖怪の世界。彼女の計画に心動かされる妖怪は多いだろう。人間嫌いな良太なんかもその口じゃないかな。
けれど能力の弱い妖怪から妖力の源を奪ってまで自分の妖力を高めるなんてやり方は間違っていると思う。そして人間を皆殺しにしてという暴力的な手段もあたしは嫌いだ。
闘鬼がそれに荷担しないのは褒めてあげるけど、あたしを鬼のお母さんにしようなんてのは許さない。
紅葉は闘鬼の「最強の鬼の子供」を産みたかったんだろうと思う。
長い長い間、彼女は闘鬼を待っていたけれど、闘鬼は彼女の元をただ一度も訪れなかった。ちょっと可哀想かもしれないけど、あたしに彼女を哀れむ権利はないし、彼女も嫌だと思うのでやっぱりあたしの中で鬼女紅葉は悪者にしておこうと思う。
まあ考えれば物騒な話だ。闘鬼と紅葉の子供なんて、どれだけ強い鬼の子が生まれるんだろう。だからこれでよかったのかもしれない。
人間界は騒がしい。良い人間も悪い人間も大勢いる。貧困にあえいでいるのは何も妖怪だけじゃなく、飢えている人間が大勢いる。
まだ戦争をしている人間もいる。
人間と妖怪の差はあまりないと思う。
闘鬼が気に障った妖怪を滅するのも、紅葉が妖怪を喰らうのも、人が人を殺すのも、人が人を殺す武器を作るのも。欲望の為に動くのは人も妖怪も同じだ。
正義だとか、愛だとか、そんな言葉を建前にしてるだけ人間の方が質が悪い。
毒をまき散らして、自然を破壊して、人間はどんどんあたしたち妖怪の住処を奪う。
でも結局それは自分達の住処もなくしているんだ。それに気がつかない人間は馬鹿だ。
エコだリサイクルだと言ってるけど、結局馬鹿な人間が圧倒的だ。
きっといつか人間は自ら滅亡してしまうだろう。
長い寿命があるあたし達はそれを待てばいい。
「寒いと思ったら雪が……」
と霧子さんが呟いた。
「雪女が来たぞー」
「寒っ! 雪女に雪男にゆきんこは入れるな!」
「うわ、寒っ。雪一族を怒らすな!」
「今度は火喰いが来たぞー、差し入れは熱々のおでんらしいぞー」
「熱ッ」
「うまっ」
「クチメには渡すなよ! 鍋ごと喰われるぞ~~」
「雪女と火喰いは離れて座って! ゆきんこが溶けてる、溶けてる!」
「ちょっと! 床を水浸しにされたら困るわよ!」
妖怪達の大騒ぎにぼっこ達が嬉しそうにはしゃいでいる。小豆洗いの差し入れの大福餅や饅頭の上を跳ねたり、転がしっこして遊んでいる。小豆洗いの小豆は上等だから、それでこしらえた和菓子はとても美味しい。今度は西洋風なスイーツを発売するらしい。
テーブルの下には座敷童子や小鬼たちがうずくまって、紙皿に取り分けたごちそうを食べていた。
サキちゃんがおでんの卵を取り分けてくれたので、あたしはそれを食べた。
味が染みてとてもおいしかったので、闘鬼にも持って帰ってあげよう。
「鬼ころし」とおでんは合うだろう。闘鬼があたしの鼻先にカラシを突き出したりしなければちょっとくらいは優しくしてあげてもいい。
そして炬燵に入って年を越そう。
おでんを食べながら人間が作ったつまらないテレビ番組を見る。
闘鬼はあたしをごしごし洗ってからふわふわの毛皮を抱いて眠るだろう。
暖かかくて安心できるその瞬間は悪くない。
そう、闘鬼の腕の中は心地いい。
そして幸せな夢を見よう。
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