鬼の純愛
鎌鼬のマスターが「誰か酒を買ってきてくれないか」と言ったので、俺がその役を買ってでた。今回は珠子をさらったり、何かと皆に迷惑をかけてしまったのでしょうがない。闘鬼さんに殺される覚悟だったが、それもなくて命拾いをした。
少しくらいは誰かの役に立とうと俺にしては愁傷な心持ちだった。何たってサキが五百年ぶりに綺麗な顔に戻ったんだ。それまでサキをからかっていた妖怪どもの驚いた顔ったらない。今日の俺は格別機嫌がいい。使いっ走りくらいしてやるさ。
外は雪が降っていた。
雪女が来たせいだ。雪女にゆきんこ、雪男の雪一族は店の中が暖かすぎていられないと、外で遊んでいる。気の毒に彼らは暖かい物は喰えないし、暖かい酒も飲めない。外で氷をあてに冷酒を飲んでいる。
近道しようと路地を通って行くと、闘鬼さんが立っていた。
俺は慌てて路地に回れ右をして隠れた。何故かというと、一瞬もの凄い殺気が闘鬼さんに感じられたからだ。
闘鬼さんは店のある方向を見ていた。かなり長い時間立っていたのだろう。降り続く雪が闘鬼さんを真っ白にしていた。
そして右手を挙げた。ぼうっと闘鬼さんの右手が光った。すさまじい妖力が凝縮された光りだ。
まさか店を吹っ飛ばそうなんて思ってないだろうな。どうして!
闘鬼さんの一撃で店は吹っ飛ぶだろうし、中にいる妖怪達は欠片も残らないだろう。
何より店の中には珠子がいるのに、何故?
俺は慌てて一歩踏み出した。ジャリと凍った雪を踏んづける音がした。
闘鬼さんは俺の方を見て、手を下ろした。そして闘鬼さんから殺気が消えた。
「天邪鬼か」
「忘年会に行かないんですか。珠ちゃんも待ってますよ」
「……」
闘鬼さんは肩をすくめるような仕草をした。
「どうしたんですか?」
「いや」
と言って闘鬼さんは俺に背中を向けて歩き出した。鎌鼬に頼まれた酒も気がかりだったが、今はそんな事を言ってる場合じゃない。闘鬼さんは本気でこの街に住む妖怪達を殺そうとしたんだ。
「闘鬼さん!」
俺は闘鬼さんを追いかけた。
さくさくと闘鬼さんは歩いて行く。俺はその後をついて行った。
「どうして……」
つい声に出してしまったから、闘鬼さんが振り返った。
雪はますます激しくなってきている。
すぐそこにいるのに、闘鬼さんの表情はあまりよく見えなかった。
「サキが元に戻れてよかったな」
と闘鬼さんが言った。
「ええ」
「五百年か。お前にとってそれは長かったか? 短かったか?」
「それは……長かったですよ」
「お前はサキが元に戻れる方法をいつまで探すつもりだった?」
「え? いつまでって……それは、元に戻れるまで……」
「気が長いな」
そう言って闘鬼さんはふっと笑った。
「サキは俺の全てでした。絶対にサキを綺麗な顔に戻してやりたかった。だから生きている限りは探すつもりでしたよ」
「生きている限りか……」
「ええ、俺達はまあ、二人だから……出来たっていうか。長い時も二人ならなんとか……」
「うらやましい話だ」
そう言って闘鬼さんはまた歩き出した。
「闘鬼さん!」
俺は慌ててまた後を追った。
「お前がうらやましい。天邪鬼、惚れた相手と長い時を過ごせるお前がな」
「え、闘鬼さんも珠ちゃんがいるじゃないですか」
「あの猫又か?」
そう言った闘鬼さんの声がなんだか酷くとげとげしかった。
「珠子を猫又にしようと思ったわけじゃない。ただ死にかけていたから助けてやっただけだ。長い時の中で、たった一度だけだ! この俺が誰かを助けたなんてな! ああ、いっそ喰ってしまえばよかった!」
「はぁ」
「命を助けてやったのが、そんなに悪かったのか? 別に鬼の子を産めなどと言ってないし、そんな事は考えてない。なのに、すぐに噛みつく。すぐに俺を責めるんだ。あいつは! この街の妖怪どもとは楽しそうにやれても俺には噛みつく事しか知らない!」
「はぁ」
やばい、また闘鬼さんの妖気が上がってきている。
どうやら珠子と喧嘩したらしい。その腹いせに店を吹っ飛ばそうとしたのか?
やばい鬼だ。だけど結構子供っぽい所もあるんだな、と俺は思った。
鬼族のトップに立つ鬼なのに、ちっぽけな猫又と喧嘩して腹立ちがおさまらないらしい。
「で、でも、今回は……結構感謝してましたよ。いつでも助けに来てくれて、頼もしいって」
闘鬼さんは疑わしそうな目で俺を見た。やべえ、余計な事を言って俺が喰われたりするのは勘弁だ。俺はサキとまだこの先も楽しく暮らすんだ!
「いつでも俺の言う事には逆らうし、ちっとも言う事を聞かねえ! 生意気な猫又め! お前もそう思うだろう?」
闘鬼さんの怒りはますます大きくなる。
「いや、その」
実際に珠子はかなり生意気だ。だけどここで肯定したら怒りの矛先がこっちに向くだろう。
「もううんざりだ! あの猫又、今日こそ喰ってやるぞ!」
「でも可愛いじゃないですか。女なんて、可愛い可愛いって機嫌をとってやれば超簡単ですよ」
「機嫌? この俺が猫又の機嫌をとるのか? この俺が? 命の恩人に爪をたてて、噛みつくような恩知らずの猫又の機嫌を? この俺にとれと言ってるのか? お前は!」
闘鬼さんは信じられないという顔で振り返った。
「そ、そうですよ。それがうまくいくコツです。綺麗だ、可愛い、好きだ、愛してる。これで落ちますよ。女はね褒めてもらうのが好きなんですよ」
「お前……そうか、そういう仕事をしているって言ってたな」
闘鬼さんはやれやれと首を振った。
「無理だ。俺には無理だ」
「大丈夫っすよ! ね、店に戻りましょうよ。みんなもうできあがってるかもしれないっすけど、珠ちゃんもきっと待ってますよ」
「お前、変わったな。無愛想で無口で喧嘩っ早いだけかと思っていたら」
「そりゃ、サキが元に戻ったんすよ! 恋は人を変えますよ。鬼も変えます」
「なんだそれは」
闘鬼さんがぷっと笑った。
「人間界で暮らすのなら、人間風にやらなきゃならないって事か」
「そうっす」
「しょうがねえ」
あきらめたように闘鬼さんが言って、方向転換した。
街は夜の闇を迎えようとしている。
夜の闇は俺達の時間だ。
俺達、妖怪は人間界でも楽しく暮らすだろう。
人間に交じり、人間に近く、人間を超えた存在になって。
雪が少しおさまってきた。
了
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