鬼神・闘鬼 3 アカナメ実況

 鬼女紅葉は怒り狂っていた。

 凱鬼さんに殺された巌鬼の破片を見て、さらにクズだのゴミだのと罵った。

 いつの間にか最悪の天候になっていた。

 おいら(アカナメ)が這々の体でホテルから逃げ出した時、周囲はほとんど闇だった。

 元々、山の中に建てられたでっかい遊園地つきのホテルだ。

 雨が激しくなり、おまけに雷で停電になっちまったようだ。

 凱鬼さんがぶち壊した非常階段の壁からひび割れがでて、それは階下に伸びていった。

 こんなに簡単に壊れるだなんて、耐震偽造だ。もうこのホテルは駄目だろう。

 非常口から外に出ると、真っ暗な空に浮かび上がったのは燃えるような髪の毛を逆立てて怒っている鬼女紅葉の姿だった。

 禍々しい妖気を纏った、真っ白い顔と耳元まで裂けた口から見える二本の牙は気を失うほど恐ろしかった。おいらは必死で自分の妖気を保った。紅葉の妖気に気後れしたらきっとおいらの存在など消し飛んでしまう。

 鬼女の背後にはカラス天狗達が尖った杖を持って飛んでいる。ぎゃあぎゃあとやかましい集団だ。集団で行動して、すぐに仲間を呼びつけるから嫌いだ。

 カラスに変化して人間界で暮らしているものいて、おいらがビルの窓ふきをしていると絶対に寄ってきては、いたずらに糞をしていく。

 鬼道一族の援軍も到着したようだった。ずしんずしんと地響きがするほどの足音をたてて鬼どもがやってくる。おいらはもう一歩も動けずに、ドアの陰から眺めているしかなかった。

 ホテル内には人間が大勢いる。この騒ぎが人間の耳に入らないわけはないのに、なぜだか人っ子一人出てこなかった。

 激しい雨の中、面白そうな顔で鬼道一族をむかえたのは、凱鬼さんだった。

「凱鬼! このひよっこが! あたしの邪魔をすると承知しないよ!」

 鬼女は恐ろしい形相で凱鬼さんに怒鳴りつけた。

「まあ、そう言うなや。紅葉姉さん。もうすぐ、闘鬼兄やんがここに来る。今、手を引いたら闘鬼兄やんも許してくれるかもしれへんで」

「やかましいわ! 闘鬼には総大将の地位から下りてもらう! あのふにゃけた野郎の代わりにあたしが鬼族を仕切ってやるよ! 人間どもと共存だぁ? 媚びへつらい、プライドをなくした妖怪どもに文字通り地獄を見せてやるよ! 手始めにお前だ、凱鬼!」

 紅葉の言葉に後ろで控えていたカラス天狗達が奇声を発しながら、いっせいに凱鬼さんに襲いかかった。

 こえ~~。おいらだったら絶対無理。あの瞬間に気ぃ失うな。

 だが、凱鬼さんは強かった。

「ギャエエエエエエエ。グエー!!!」

 さっと右手を挙げただけで、カラス天狗の半分が地に落ちた。雷さえも切り裂くような衝撃波だ。落ちたカラス天狗達は苦しそうな声を上げて、ばたばたともがいている。

 残りのカラス天狗は躊躇して、寄ってこない。

 今度は鬼道の鬼どもが凱鬼さんに飛びかかってきた。

 おいらは平和的妖怪だからこれまでも多々あった妖怪達の争いには参加していないし、おいら自身誰かを傷つけたりした事なんかない。それでも過去になんどかあった妖怪戦争は目撃している。

 今回の戦いは今までで一番酷い。凱鬼さんは容赦がなかった。

 襲いかかってくる鬼どもをちぎっては投げ、投げてはちぎる。

 そうだ。文字通り、ちぎるんだ。手をちぎり、足をちぎり、首をちぎり。

 腑を引きずりながら逃げ出す奴、胴体を真っ二つに切られている奴、地面から首が生えたようになっている奴。

 地獄絵図、阿鼻叫喚とはこの事なんだなと初めて知った。

 激しく吹きすさぶ雨風が鬼どもの血を洗い流す。

 そしておまけのように血みどろの鬼達の死体を雷がさらに黒こげにしていく。

 だけど鬼女紅葉も強かった。

 業を煮やした紅葉は枯らす天狗達を払いのけ、凱鬼さんの前に降り立った。

 真っ赤な爪から放出された炎が凱鬼さんの身体を取り巻く。

 何発も何発も連続で放出された炎は赤から黒に変わっていき、より熱く、より高温に。

「なんや、これしき!」

 と凱鬼さんが言い、炎を払いのけようとした。

「?」

 がくんと凱鬼さんの足が崩れた。

「な、なんや?」

「ほっほっほ! お前のような餓鬼に破れる炎ではないわ! 覚悟!」

 紅葉の炎が一段と赤く燃えて、大きな波形を取った。そいつは確実に凱鬼さんの息の根を止めてしまうだろう、とおいらは思わず目を閉じた。

 けれど次の瞬間に凱鬼さんは命拾いをした。

 金色の爪を持った大きな手が空間からにゅっと飛び出し、紅葉の紅蓮の炎を受け止めたのだった。そしてその手は燃えさかる炎を握りつぶした。

「闘鬼!」

 紅葉の形相がいよいよ醜く変わり、凱鬼さんはほっとしたように地面に尻餅をついた。

「闘鬼兄やん。遅いでぇ」

 空間が割れて闘鬼さんが現れた。

「惜しかったな、凱鬼」

「のんきに見てへんで、さっさと出てこいやぁ」

 闘鬼さんは凱鬼さんにちょっとだけ微笑んで見せた。

「闘鬼! 今日こそ総大将の座を頂くわよ!」

 と紅葉が叫んだ。

「それは無理な話だな、紅葉」

 と闘鬼さんは言った。

「次の総大将は、鬼神・凱鬼と決めている」

 紅葉は目の玉が飛び出るほど闘鬼さんを睨みつけた。

「それならその餓鬼もろともあんたを滅してやるわ。凶鬼! 岩鬼!」

 紅葉に呼ばれた鬼が一歩前に出る。普段は人間に化けているだろうが、今は鬼の本性が出てきている。ぱっくりと開いた口から見える牙と狂気を孕んだ目が殺戮を望んでいるように見える。

 闘鬼さんはうるさそうに右手を払った。

 その手から放出された衝撃波が二匹の鬼を真っ二つに切り裂いた。鬼は切り裂かれた事に気がついていない様子だった。闘鬼さんに襲いかかろうとして手を伸ばしたが、腹から下が別の方向を向いている。そして胴体がずずっとずれて地面に落ちた。

「闘鬼…………」

 鬼女紅葉は唇を噛んだ。

「紅葉、お前に勝ち目はない」

「…………闘鬼、猫又がお前の血を持っているというのは本当なの?」

 紅葉の殺気が一瞬だけおさまった。

「本当だ」

 と闘鬼さんが言ったら、紅葉は唇を噛んだ。

「何故、猫又なんかに!」

 また紅葉の妖気がぐわっと膨らんだ。離れて見ているおいらでさえ消滅しそうなほどの妖気だった。けど闘鬼さんは平気そうな顔で、

「たまたまさ」

 と言った。珠子さんが鬼の血を持ってるって? 意味不明だ。

「あたしにくれると言ったじゃないの。あの約束を忘れたの?」

「…………昔の事だ。人の世に交じって生きる今ではもう意味がない」

「あたしが…………最強の…………」

 紅葉が言葉を詰まらせた。

「鬼族も妖怪も数が減っている。人の世で生きる妖怪が大半の今、最強の鬼を生み出す事に意味はない。珠子に俺の子供を産ませるつもりで、血を分け与えたわけではない」

 紅葉は少し遠くを見た。

 そして、ほっほっほと狂気を宿した目になって笑った。

「闘鬼! そんな事はもうどうでもいいわ。猫又なんぞひねり殺してくれる!」

 さっと紅葉の手が伸びた。闘鬼さんがちらりとその方向を見て、目が少しだけ細くなった。そして、

「鬼道の鬼六」

 と言った。

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