鬼神・闘鬼 2
そして鎌鼬の店におずおずと訪ねてきたチビ猫は綺麗な人間の娘に変身していた。
恐々と俺を見たが何も思い出さないらしいので、俺も黙っていた。
その夜、人間の姿のままのチビ猫を抱いた時、百年前の彼女の温もりを思い出した。
チビ猫は百年たっても暖かかった。その時から珠子は俺の大事な者になった。
鬼と生まれて初めて、自分以外を守る事になった。
それは妙な感情だった。それと同時に覚えた感情は孤独感。最初から一人きりならそれでいい。寂しさも楽しさも同じだ。だがもし珠子を失ったら、また一人に戻る。
二千年も生きた最強の鬼が猫又一匹を失いたくないと思う事に自分で笑った。
だからときどき珠子を喰ってみようかと思う。珠子は俺が血を与えて猫又にした事を今でも怒っている。猫でいたかった、猫に戻してくれ、と泣かれた事もある。
俺の事をずいぶんと恨んでいて、逆らう事ばかりする。
生意気でこまっしゃくれて、いつだって言うことも聞かない猫だ。気まぐれですねるとぷいっと出て行ったっきりだ。
それに珠子は誰からも愛される。妖怪仲間にも気に入られ、友達も多い。俺以外の妖怪とは楽しそうにしているのも気に入らない。だから珠子に親しげな口をきく黒猫を喰ってやった事もある。その時にも珠子は泣き叫んで俺を責めた。
珠子はたぶん本当に俺の事を嫌っているんだろう。それでも珠子だけは手放せない。
どんな妖怪にも負ける気はしない。だがどうにも珠子にだけは弱い。
珠子に傷つける者は許さない。どうしても。
「総大将」
と声がして、鬼神・次郎、三郎が姿を現わした。
この二人は鬼族には珍しい双子だった。長兄と末弟がいて鬼神四兄弟だが、中でもこの二人は非常に仲がよく、いつも行動をともにしている。
「次郎、三郎」
「凱鬼が紅葉のトコへ向かいました。どうも力が余ってるみたいで、余計な騒動にならんかったら、ええんですけど」
「ほんまに、あいつは」
次郎、三郎はため息も同時についた。
「凱鬼はまだ子供だからな。まあ、好きにさせるさ。今夜は雷神を呼んだ。凱鬼が少々暴れても、支障はないさ」
「雷神でっか」
と次郎が言い、三郎がカーテンをめくって窓の外を見た。
しとしとと風情のある雨だったのが、少しずつ雨足が強くなってきているようだ。
窓ガラスに雨粒があたっては流れ落ちていく。
雨師は自分の仕事を終えて酔っぱらう準備でもしているだろう。
この雨は龍神の仕業で、まだ子供の龍神は雨を降らせても容赦がない。
日本中を水浸しにするまで降らせるだろう。
「そう言えば、雨が激しくなってきましたわ。雨師もひっこんで、やんちゃな竜神のおでましかいな。龍神といやあ、大龍神は隠居して、今の龍はまだちびっ子やなかったか?」
「ほんま総大将は顔が広うて、かなわんな」
「そや、雷神もやで、鬼神の総大将の悪友や。総大将の為にさぞかし盛大に盛り上げるつもりやで」
ぶつぶつと言う双子がおかしかった。
「鬼女紅葉の終幕だ。それぐらいはな」
「ほんまに紅葉はんを滅するんですかいな。鬼道の大将も血相変えて来てまっせ。今んとこ、鬼道には鬼神に逆らう意志はないみたいやし、紅葉も鬼道の特別っ子やさかいに」
「そうや、そうや、ほんのお仕置きでええんちゃいまっか?」
双子はなるべく視線を合わせないように、それぞれ壁を見たり窓の外を見たりしながら俺に意見をした。
「紅葉は滅する。哀れと思うなら止めてみろ」
と俺が言うと、次郎、三郎は顔を見合わせてそれぞれ下を向いた。
「どうしても滅せなあかんのでっか? 鬼族もずいぶんと減ってきてまっせ」
俺は立ち上がった。
「お前らは珠子を守れ。もし紅葉の手の者が来たら、皆殺しだ」
次郎、三郎は不服そうな顔をしていたが、うなずいた。
俺はまだ眠っている珠子の寝顔にキスをしてから、紅葉の気配を追った。
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