猫又と鬼女紅葉 3
巌鬼は手を出しかけたが、すぐに頭を振った。
「だ、駄目だ、結界を解いたら、紅葉さんに怒られる」
「あんた雄のくせにあんな女に使われてていいのか? こんなとこで見張り番なんてやるよりもさ、猫又を喰っていっそ総大将の地位争いに参加出するっていうのはどうだ? あの女に惚れてるんだろう? 格好いいとこ見せたらどうだい?」
さすがにホストをやってただけはある。良太の言葉は自尊心てやつをくすぐる。
プライドは人間だけのものではなく、鬼のプライドは相当高いのだ。
「本当だろうな? この猫又が鬼の血を持ってるって」
「そうでなきゃ、あの闘鬼のだんながこの猫又を特別扱いするわけねえだろ? あんたも知ってるだろう? この猫又に「おはよう」と挨拶した雄猫をひょいと持ち上げて頭から喰ったって話。そんだけ大事にしてるんだ。かなりな力を秘めてるんだぜ」
巌鬼はあたしを見た。その目がぎょろりと動いて好色そうな目になった。
全く、鬼って奴は!
「分かった。だが、俺が先だぞ!」
巌鬼は良太に凄んで見せてから、ドアを広く開けた。そしてぶつぶつと呟いて、息をついた。部屋を取り巻いていた結界が消えた! 今だ!
良太が巌鬼に殴りかかった。
だが、巌鬼はひょいとそれを避けて反対に良太の腕をつかんでねじりあげた。
「くっ」
良太が苦しそうな顔になり、良太の細い身体は大きな巌鬼に押さえ込まれてしまった。
「珠子! 逃げろ!」
「にゃ~」
あたしは巌鬼の身体を乗り越えて部屋の外に這い出ようとした。
猫をパニックにさせないで欲しい。猫の姿に戻れば楽に通れたのに、焦ったあたしは人間の姿のままドアに突進した。
「きゃ!」
ドアを出た所で何かにぶつかり、跳ね返って床に転げたあたしはもう何が何だか分からない。
「逃がすか!」
隣の部屋には他にも何人か鬼がいた。人間に例えればヤクザみたいな格好をしていると思ったら、人間界でヤクザをやってるのか鬼道会と書かれた額縁が壁にかけられていた。
(闘鬼!)
あたしは心の中で叫んだ。
(助けて~~~~~~!)
床に転がったあたしを取り囲んだ鬼達は嫌な笑いをしてあたしを見下ろした。
「鬼の血を持つ猫又だってよ」
「喰っちまうか!」
「紅葉さんに怒られるぜぇ」
隣の部屋ではまだ良太が格闘しているんだろう。どたんばたんと音がしている。
(あ~~あたしにしゅっと姿を消せる技があったらなぁ~~)
鬼の血を持っているわりに、あたしにはあまり技がない。
人間に変化するくらいしか出来ない。
そんな事はどうでもいい、あたしはかなりな窮地に追い込まれてしまった。
中年の演歌歌手みたいな男に化けた鬼があたしの腕をとって無理矢理引き起こした。
「可愛いじゃねえの。おじさんがもっともっと可愛がってあげようね」
とそのおっさんが猫に向かって猫なで声で言った。
あたしはじたばたと暴れたけれど、何の足しにもなりやしない。けれど。
「ぎゃーーーーーーー」
とすさまじい声がして、おっさんが床に倒れてのたうち回った。
ひょいと自分の腕を見れば、まだおっさんの右腕があたしをつかんでいる。
「きゃーーーーーー。ちょっと、ちょっと、何よ、これ~~~」
あたしはぶんぶんと腕を振り回した。ぽろっとおっさんの腕が床に落ちた。
「兄貴ぃ!!」
と言いながら、おっさんをかばうように鬼達が集まった。
「汚い手で珠子に触るんじゃねえ」
と声がした。
「闘鬼!」
空間ぐにゃりと歪んで、闘鬼が現れた。
「鬼道の鬼どもか、殺すぞ。こら」
と闘鬼が言うと、鬼道会の鬼は、
「う……」
と言いながら下を向いた。目を合わせるのも恐ろしいようだ。
「闘鬼! 紅葉って女がさ……」
「鬼女紅葉か……まあ、いい。とりあえず帰るぞ」
「あ、隣の部屋に良太が……」
闘鬼は少しだけ舌打ちして、
「ほっとけ。自力で戻るだろう」
と言った。そしてあたしを抱き上げると、あっという間に景色が変わった。
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