猫又と鬼女紅葉 2
それからしばらくあたし達は黙って座っていた。
時計の針がかちかちと進んでいて、その音が大きくなったり小さくなったりしている。あたしは闘鬼の事を考えていた。
闘鬼は気難しい鬼だ。
すぐに怒る。すぐにすねる。そしてすぐに背中を向けてしまう。
二千年生きていて、殺戮を楽しんでいた時代もあったみたいだけれど、今はそんなに酷い事はしない。闘鬼にその気はなくても、弱すぎる妖怪は闘鬼の一瞬の妖気で消滅してしまう。だから皆が闘鬼を恐れ、敬遠する。紅葉の鬼道一族も嫌われ者ばかりだけれど、闘鬼もまたわりと嫌われている。闘鬼は言葉も少なくて、誤解されやすいんだと思う。
闘鬼があたしを猫又にした経緯はこうだった。
百年ほど昔、日本は戦争中だった。
人間は皆死にかけていて、犬や猫も飢えた人間に捕まって食べられたりしてた。
あたしはその頃に生まれた。その時の事はあまり覚えていないけど、生まれた瞬間に死にかけていたあたしを助けてくれたのが闘鬼だった。
爆撃の破片で死にかけていた白い猫を助けたのは闘鬼の気まぐれだと思う。
後で聞いた話だけど、ずいぶんと血が流れてもう危なかったらしい。闘鬼は自分の血をあたしに分け与えた。
闘鬼は鬼族の中でも強力な不老不死の鬼だ。その鬼の血が身体に入って助かるか、強すぎる鬼の力を身体が受けつけなくて死んでしまうかは運だった。大抵は強すぎる鬼の妖気にやられて死んでしまうらしい。あたしはそういう意味で珍しい鬼の血を持つ猫又だ。
だから鬼の血を持つあたしを喰えば、鬼の力を少なからず手に入れられる。
闘鬼があたしを側におくのは、その危険を避ける為もあると思う。闘鬼の力はそれほどに強大だから。だったら猫又になんてしないでほっておいてくれれば良かったのに。
あたしは闘鬼を恨んで恨んで、反抗して、逃げ出して。その度に闘鬼に捕まった。
何回逃げても闘鬼はあたしを追う。冷たくしても、意地悪言っても。あたしにだけは怒らない。いっその事その強すぎる妖気であたしを殺してしまって、と頼んだ事もある。
その時、闘鬼は少し悲しそうな顔をした。
でも本当はね、皆が噂するほど怖い鬼でもない。
あたしを洗面器にためた湯に放り込んでごしごし洗うのが好きだとか、ドライヤーで濡れた毛を乾かしてふわふわした毛皮を抱いて昼寝するのが好きだとかは、闘鬼の沽券の関わるから誰にも言わないけどね。
人との関わりを避けながらも、いつも鎌鼬のバーに来ているのは結構楽しんでいるからだと思う。鎌鼬兄妹や蔵ぼっこ達やそれ以外にもみんな、闘鬼よりも弱い役に立ちそうもない妖怪ばっかりだけど、つまらない喧噪を眺めているのが好きなんじゃないかな。
だからやっぱりこの街を壊そうとする紅葉に鬼族の総大将の地位は渡せない。
冷酷で恐ろしい、強すぎる闘鬼が総大将だからきっと妖怪界は平和なんだと思う。
「良太、やっぱどうにかして逃げよう!」
あたしは立ち上がった。
「逃げようたって、この結界をどうにかしないと」
「結界が破れないなら、外してもらうのよ!」
「どうやって!」
「こういう作戦」
あたしはある作戦を良太に耳打ちした。
「え? お前、鬼の血が……」
「そんな事で驚くのは後! いい?」
良太が神妙な顔でうなずいたので、あたしは勢いをつけてぽーんと空中一回転をした。
自分で言うのも何だけど、すらっとした二本足で着地したあたしは結構な美少女だ。
黒髪にくりっとした瞳。
アニマル模様を着たおばさんに化けるのが得意なんだけど、闘鬼が本気で怒り出すからそれもあまりやらない。
「へえ、人間に変化したら、結構可愛いじゃん」
「あんまり変化するの好きじゃないから、普段はしないんだけどね。猫が楽だもん」
「なるほど」
「じゃ、いい?」
良太がうなずいた。
あたしはドアの前に立って、どんどんとたたき始めた。
「助けて~~助けて~~~、食べられちゃう~~~」
「大人しくしろ! お前を喰ってやる~~」
良太の大根役者!
でも、ドアにほんの少しの隙間が開いた。
「うるせえ!」
と隙間から覗いたのは巌鬼だった。
変な柄のトレーナーを着て、だらしなくくちゃくちゃとスルメを噛んでいる。
「助けてよ! この天邪鬼があたしを喰うっていうのよ!」
「鬼の血が入った猫又を喰えば、俺も妖力が高まる! そしたらこんな結界くらいすぐに破ってやる!」
良太の言葉に巌鬼の表情が変わった。
「おい、今の話は本当か?」
「はあ? こいつが鬼の血を持つ猫又だって事か? 本当さ、しかもあの鬼族の総大将闘鬼様の血だぜ。喰わない手はないだろう?」
そう言ってにやりと笑った良太の顔は本当にあたしを喰いたそうな顔だった。
「……」
「あんたも一緒にどうだい? 半分喰ってもかなりな力を手に入れられるぞ。しかもそれだけじゃないぜ。この猫又、ほら、人間に変化したらいい女だろう? 毎晩毎晩、闘鬼のだんなに可愛がられてさ、さぞかし、妖気がたっぷり入ったのを頂いてるんだろうぜ」
巌鬼の喉がごくりと鳴った。
「どうだい? この可愛い子ちゃんを二人で楽しんでから、喰っちまうってのは? 鬼って奴は昔から好色だし、あんたも強そうじゃないか」
「そ、そいつは、いい考えだ」
「な? 結界を解いてこっちに来いよ」
と良太が誘った。
良太の微笑みは不敵な感じで、ついうなずいてしまいそうになる。
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