天邪鬼 姉の後悔 2

 いつの間に彼女が帰ったのか記憶にはなく、私は我に返った。私の周りでぼっこ達が、

「サキちゃん、大丈夫? 元気ない?」

 と騒いでいた。

「ありがとう、心配してくれるのね。大丈夫よ」

「サキちゃんをいじめた? あの女? 喰ってやろうか?」

 とぼっこが言った。

「え? だ、駄目よ!」

「大丈夫、他のぼっこ達も呼べば、みんなで喰えるよ。良太君に言われてる。良太君のいないときはぼっこ達がサキちゃんを守る」

「ありがとう。でも食べたりしたら駄目よ。私がおいしい物を作ってあげるから」

 そう言うとぼっこ達は小躍りして喜んだ。

「ぼっこ、良太がどこに行ったか知らない?」

 ぼっこ達は首をかしげたり、振ったりしながら「知らない」と言った。

「そう、良太が帰ってこないと淋しいわね」

 私は立ち上がってキッチンに立った。料理でもすれば気が紛れるかもしれない。空腹のぼっこも待っている事だし。お鍋を出していると、

「良太君、乱暴だから、いなくてもいいよね」

「うん、サキちゃんはぼっこが守るもんね」

 とぼっこ達が小声で話し合っていた。



「良太、まだ帰ってこないの?」

 と珠子ちゃんが大きなあくびをしながら言った。

 私はうなずくしかなかった。

「お腹が減ったら帰ってくるわよ」

 と言ったのは霧子さん。

「クチメちゃんじゃあるまいし」

 私がそう言うと、クチメちゃんが笑った。右のほっぺが膨らんでいるのは、まだ闘鬼さんにもらった甘露玉を舐めているから。そんなにおいしいのかしら?

 寝てる時も舐めてるのかな。

「おかしいっすね。良太君、サキさんに内緒で外泊なんて」

「いい娘でも出来たんじゃないの?」

「それならそれでいいんですけど」

 と私が言うと、

「はぁ~優等生的セリフ! あたしなら我慢しないわ。浮気男なんて、切り刻んでやる!」

と霧子さんの手がしゅっしゅと空を切る。

 鎌鼬だからしゃれにならない。実際、霧子さんに切り刻まれたら命が危うい。

 ここは鎌鼬さんのバー。

 良太はまだ帰ってこない。もう一ヶ月にもなる。勤めている店にも出てこないらしく、何度も人が訪ねてきた。携帯電話にも出てくれないし、相談するといえばやはりここしか思いつかなかった。

「お総菜の店を開くって本気なの?」

 と珠子ちゃんが言った。いつもの通りカウンターの上に長く伸びて座っている。

 珠子ちゃんの前には闘鬼さんが座っている。

 闘鬼さんは寡黙な鬼だった。

 長い歴史を持つ鬼族の総大将らしく、その妖力は絶大だ。

 良太は結構妖力が高いけど、私にはほとんどない。だからこうして闘鬼さんと一緒に座っていたら肌がぴりぴりと痛い。

 闘鬼さんはものすごく強くてものすごく怖い。この店でよくお酒を飲んでいるけれど、闘鬼さんが来ている時には妖怪仲間はあまりこない。みんな恐ろしくて敬遠している。

 何が闘鬼さんの気に障るか、基準が分からないからだ。

 珠子ちゃんをいじめたりからかうような事を言ったら消されるのは有名だけれど、それ以外でも気に入らなかったり、良太のような喧嘩っぱやい生意気な妖怪は嫌いらしい。

 初めて闘鬼さんに会った時に良太は闘鬼さんと喧嘩して、徹底的にやられた。

 私達はこの街に来たばかりだった。

 顔なじみの妖怪に聞いてやってきたこの街には強い妖気から弱い妖気、いろんな妖怪の妖気が混ざり合っていた。

「でけえ妖気を感じる。強ええ奴がいるに違いない」

 と良太が言って私を見た。

「やめとくか?」

「そうすぐに決めなくてもいいじゃない。しばらく暮らしてみましょうよ」

 私がそう言うと良太は肩をすくめたけど反対はしなかった。

 良太は優しい。いつも私の事を気遣ってくれる。この醜い顔の私を見捨てる事なく、ずっとそばにいてくれた。五百年もの間。

「そうだな、敵は妖怪じゃねえもんな。人間だ」

「人間もそう悪い人ばかりじゃないわ」

「け」

 良太は人間が嫌いだった。実の親兄弟に捨てられたという思いが今も良太の中にある。

 あの時、私がさっさと遊女に売られてしまえばよかったのだ。

 私達の両親は酷い人間だった。貧しさゆえ娘を売る親はいくらでもいたし、それが当たり前だった時代だけれど、せめて少しはすまなそうな顔が出来なかったのだろうか。

 私は遊女に売られる方がましだと思い詰めていたのだ。

 私は私の顔が嫌いだった。綺麗だ、美しい、と良太は言うけれど、それが役にたった事はない。村人には追い回され、村中の女や実の母親にもいじめられ、兄弟には身体中なで回される。良太は知らないけれど、父親には何度も乱暴された。

 美しい顔が元凶だった。人並みでよかったのだ。

 貧しい村に生まれるなら美しい顔などいらなかった。

 私はあまんじゃくの呪いで醜い顔になった事にほっとした。誰が見ても顔を背けるような醜い顔。人間だったら誰も関わり合いになりたくないような女の顔。

 それでも良太は私の側にいてくれて、私の為に人を殺すようになった。

 妖気を身に纏い帰ってくる。いまでは良太が立派な天邪鬼だ。

 醜い顔になりたいとそれでも良太の側にいたいと願った私は五百年たった今でも良太を縛り付けている。


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