天邪鬼 弟の憂鬱 3
「良太ったら、何ぼーっとしてるの!」
「え?」
俺は顔を上げた。サキが不思議そうな顔で俺を見ていた。
「別に……」
サキは食べ終わった食器を片づけながら、鼻歌を歌っている。
「何か楽しそうじゃん」
「だって、鎌鼬さんが忘年会においでって誘ってくれたのよ。良太も行くでしょう?」
「忘年会?」
「そう!」
サキは食器を持って立ち上がった。足取りは軽く珍しく楽しそうだ。
「鎌鼬さんのバーで毎年妖怪ばっかりの忘年会するんだって。ぜひ来てくださいって」
「行かねえよ」
「えー、どうして」
俺はごろんと畳に寝ころんだ。くだらねえ。妖怪が集まってパーティだって?
「行こうよ」
「行かない」
「どうして?」
「年末年始は稼ぎ時だから」
「ああ、そっか」
サキは納得したようにうなずいた。クリスマスから年始までホストは忙しい。女から金を引き出そうと、毎晩毎晩ベッドでサービスして身体を壊す奴も出てくる。まだ学生の子供から六十も過ぎたばばあとまでよくやるぜ。人間は金の為なら何でもする生き物だ。
忙しさと人間関係の煩わしさから、薬に手を出す奴もいるしこれから何かと騒がしい季節だ。だが、俺にもメリットがある。
この時期は女どもの財布がゆるい。いくらでも金を出すし、色気も出す。
俺は女から少しずつ生気を吸い取ってサキに分けてやる。
そうすればサキの容姿がすこしずつ綺麗になるからだ。
昔はよく若い娘からごっそりと抜き取っていたが、そうすると相手は死んでしまう。
サキは俺が女を殺すのを嫌がるし、現代じゃそうそう簡単にやれない。特にこの街は親人間派の妖怪が多いからばれたら追い出されるだろう。
仕方がないが少しずつ生気を頂いてサキに分け与えるくらいしか出来ない。
もっともそうした所でサキが綺麗な顔に戻るのは一晩くらいなものだった。
あまんじゃくの呪いはまだ解けない。俺達が妖怪に身を落してまでもやつの呪いは解けないのだ。五百年で何百という妖怪に出会ったが、答えを知っている奴はいなかった。
「でも私は行くわよ」
「え? 一人で?」
「クチメちゃんやアカナメさんも参加するって言ってたし」
「まじで?」
「だって良太は仕事なんでしょ? みんな出かけるのに家に一人でいてもしょうがないでしょ」
サキはかちゃかちゃと食器を洗いながら楽しそうな口調で言った。
忘年会がよっぽど楽しみらしい。
「け」
サキが行きたいならしょうがない。そんなに楽しみにしてるのなら反対はしない。
クチメやアカナメが一緒なら他の妖怪にいじめられる事もないだろう。
鎌鼬の兄妹もサキの容姿をどうこう言いはしないだろうし、どうせあの生意気な猫又も来るだろうし。猫又は鬼の飼い猫だからこの街では誰も猫又をいじめるやつはいない。いつか猫又の白い尾をつかんだ悪戯好きの妖怪がいたが、猫が「にゃっ」と鳴いた瞬間に真っ二つに裂かれた現場を見た事がある。猫又に関してはあの鬼に冗談は通じないようだ。
サキは猫又と仲がいいらしいから、猫又の側にいれば誰もサキにからむ事はないだろうしな。
「良太、仕事に行く時間よ。あたしはクチメちゃんにご飯持っていってくるね」
盆に大きな皿が乗っていた。おかずが大盛りで、さぞかし食いでがあるだろう。
サキが出て行ったあとで、俺はスーツに着替えた。ブランド物の高かったスーツだ。
俺の持ち物の半分は客からの「もらいもの」だが、それでも結構な出費がある。人間界では金が物を言う、との格言は本当らしい。しょうがねえ、今日も稼いでくるか。
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