天邪鬼 弟の憂鬱 2

 そう、俺達は人間だった。五百年も昔、貧乏な農村に生まれた貧乏一家の長女と三男だった。貧乏なくせに子だくさんの家だった。雨が降れば農業が出来なくて暇になる。両親は幼い子供達の前でも平気で抱き合う恥知らずな人間だった。

 俺とサキは小さい頃から仲が良く、そして綺麗な子供と村で評判の姉弟だった。

 不細工な、そう今のサキそっくりの母親は綺麗な娘を妬んだ。ケダモノの父親は十にもならない娘にいやらしい目をむけた。サキが川で水浴びをすれば村中の男が覗きにくるほどサキは綺麗な娘だった。

 俺達は罪を犯したのかもしれない。少ない飯を乱暴な兄弟達で分け合う生活はつらかった。容姿が綺麗だというだけで兄弟からのけ者にされる理不尽は子供心を傷つけた。

 サキだけが俺の味方で、俺だけがサキを守ってやれる存在だった。

 姉弟で愛し合うのはそんなにいけない事なのか?

 父親のくせに娘にいやらしい妄想を抱くのは許されるのか?

 母親のくせに娘に嫉妬しつらくあたるのは許されるのか?

 十やそこらの子供に飯も十分に与えない親や、同じ血が流れているのに俺達を酷く殴ったり蹴ったりした兄弟は許されるのか?

 そして貧乏ゆえに俺とサキは遊郭に売られる事になった。

 村中の子供がそうやって売られていくのが日常だったから、俺もサキも仕方がないと思うしかなかった。綺麗な着物を着て、暖かい飯が食える、それだけでここにいるよりはましな条件だったからだ。

 だが売られる前日の深夜、父親がサキを犯そうとした。

「ほ、ほかの男にやられる前に、わ、わしが……」

 その時の俺は冷静だったのかもしれない。今はもうよく覚えていない。

 俺は泣き叫ぶサキを押さえつけた父親の頭を鉈で割ってやった。

 周囲でにやにやと笑いながら見ていた兄弟達は急に怯えた顔で俺を見た。

 父親の頭はけっこう簡単に割れたがあまり中身が飛び散らなかったのが幸いだった。  俺はすぐさまサキを連れて逃げた。サキは十で俺は八つだった。

 だが幼い足ではそう逃げきれるものでもなく、大事な金づるを逃がすまいと村中総出で山狩りをした。やがて捕まって、折檻されて離ればなれになるのがおちだろう、ぼろぼろに疲れ果てた二人の子供は山中の洞穴でぼんやりそんな事を考えた。

 やがて洞穴の外に大勢の人の足音と声がした。松明の灯もちらちらと見える。

 俺はサキの手をひいて洞穴の奥へ奥へと逃げて行った。

 この先が行き止まりなのは知っていた。

 いつか二人でのぞいた事があるからだ。天井部分が少し高くなった広い場所に出るだけで、誰が奉ったのか、ぽこんと開いた穴に朽ちかけた古い石の像が立っているだけだった。 もう奥へは行けない、最後まで来て俺達は石の像の前でしゃがみこんだ。

 真っ暗な中、手探りで両手を握り合う。

 一歩も歩けないし、声を出せないほど喉が渇いてひもじかった。

 手をつないだまま、無言だった。

 サキは笑った。暗闇で見えないが、俺も笑ったような気がする。

 村人の足音は近づいてくる。暗闇に橙色の光が見える。

「も、駄目だな」

「うん」

 俺はが強くサキの手を握った。そして片手だけ離して、大きく右手を伸ばした。

 その時かつんと妙な音がした。

「なんだ?」

 伸ばした手が何かに当たったので、俺はは手のひらで探ってみた。

 触れた丸い物をつかむ。

「やべえ、かな。首がもげちまったよ」

「え?」

「ここにあった仏さんの……ま、いいか。どうせ助けてもくれねえもんな」

「……」

 俺はその首を放り投げた。またかつんと音がした。

 落ちた首はころころと転がるような音を聞かせてから止まった。

(乱暴なわっぱじゃな。助けがほしいのかえ?)

「はぁ?」

 俺達はきょろきょろと回りを見渡した。

「りょ、良太」

 握ったサキの手にぎゅっと強く力が入った。

「だれだ?」

 声は大きく太く響いた。洞穴中に声が張り付いているかのように湿った声だった。

(わしはあまんじゃくさまじゃ。わっぱども、助けがほしいのかえ?)

「ほしいさ!」

(まあ、よかろう)

 声の主はわけを聞くでもなく、簡単な声で承諾した。

「助けてくれるのか? ならここから出してくれ!」

 わいわいと言う村人の声がもうそこまで来ていた。

(よかろう。ただし礼はもらうぞえ)

「礼? い、命は駄目だ! 俺達二人の命以外にしろ!」

 俺の叫びにあまんじゃくと名乗った声の主はくっくっくと笑った。

(罪深きわっぱどもよ。よかろう。お前達の命以外の物をいただこう)

 あまんじゃくの声がそう言ったと同時に生臭い風がさあっと洞穴の中を走り抜けた。

 俺達はわっと目をつぶり、しばらくの間二人はお互いの身体にしがみついて震えていた。

(罰があたったんだろうね)

 サキが口癖のように言う懺悔の言葉は何度悔いても悔いても無駄だった。

 あまんじゃくが礼として二人から奪ったのはサキの美しさだった。

(美しさが欲しければまた他の人間から奪うがよかろうぞ)

 あまんじゃくの恐ろしい最後の言葉が今でも耳に張り付いている。

 俺はあまんじゃくを恨んだが、どうしようもなかった。

 そして俺は元凶の人間を憎みようになり、行く先々で人を殺した。

 サキはそんな俺を悲しそうな目で見る。

 サキが人間に戻りたいと願っているのは知っている。

 俺にはその理由がさっぱり分からない。

 クチメにしてもだ。人間なんかになってどうする?

 人間なんぞ皆殺して、妖怪の世界ができあがればいい。

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