アカナメの災難 2
妹はあっけらかんとした口調でそう言った。クチメが生きようが死のうが、妹には関係ない。おいら達アカナメ一族にも関係ない。興味もない。妖怪って奴はそういう生き物だ。
だけどおいらはクチメが消滅してしまうと思った瞬間に胸の奥がきゅーっとなった。
それはとてもいやな気持ちだったから、そんな思いをするくらならクチメには生きていて欲しいと思った。
「ば、馬鹿お前、そんな事をどうして今まで黙ってたんだ!」
おいらは母親の手から魚の皿を奪い取ると、隣のクチメの部屋に飛び込んだ。
「クチメ! 喰え!」
おいらはクチメの前に皿を差し出した。魚はまだほんのりと暖かくて、香ばしい匂いがしていた。
クチメはこたつの前に座って、疲れたような顔をしていた。
ああ、おいらは何て間抜けなんだ。どうしてこんなになるまでクチメを放っておいたんだ。
クチメは厚化粧でも隠せないくらい顔色が悪かった。
二口女にとって喰わないのは自殺行為だ。
「クチメ!」
「だって、人間になりたいの」
「はあ?」
クチメはか細い声で囁くように言った。
「食べるのを止めたら人間になれるの」
「誰がそんな事!」
「本当なのよ。手長足長もね、人間になったの。長い足を切って、長い手も切って、人間になったんだって」
「まさか……」
手長足長の手と足を切ったら、確かに普通の人間サイズだろう。だが、手長足長は手が長く足が長いからこそ、手長足長なんだ。人間になんかなれるずがない。妖怪の性質を断ち切ってしまうなんて、それこそ自殺だ。
「クチメ、人間なんかになれるはずがねえだろ。おいら達は妖怪なんだぜ?」
「……でも手長足長は確かに……」
クチメは頭をこたつの上に乗せた。身体がだるくて動くのもしゃべるのも億劫そうだ。
「クチメ! お前、死んでしまうぞ! 喰え!」
おいらはクチメの前に皿を置いた。だが、クチメはちょっとだけ笑って首を振った。
「クチメ!」
「放っておけばいいじゃん」
と妹の声がした。
振り返ると、玄関のドアからみんなが覗いている。親父、お袋、弟達も妹も、サキの顔も見える。
「だって、お前、喰わないと死んでしまう……んだぜ」
「自分で食べないんだからぁ。しょうがないじゃん」
と妹が言った。
「クチメが死んでもいいのかよ!」
「何をムキになってんの?」
妹はおいらを見て馬鹿にしたように笑った。そうだ、それが本来の姿だ。
おいら達は妖怪なんだから。
「いいのよ……本当に。あたし人間になりたいから」
細々とした声でクチメが言った。
「もう少ししたら、あたしの口、取ってくれるんだ……そしたら二口じゃない」
クチメは後頭部にも口がある。昔話で有名な二口女由縁の大きな口だ。
「クチメ……その口がお前の妖力の源だろう!」
「うん……だからもういいの」
クチメが頑として食べないのでおいらは仕方なく部屋を出た。
「どうしよう」
みんながおいらがこれからどうするか見ていた。でもおいらはどうしていいか分からなかった。
「あの……鎌鼬さんに相談したら?」
と言ったのはサキだった。
「鎌鼬のマスターに?」
「そう。クチメちゃん、よくあのバーに行ってたじゃない? きっと相談に乗ってくれるわ」
「それがいいよ。妖怪が減ってきてるこのご時世だ。馬鹿な理由で死なせるのはよくないよ」
とお袋が言った。
「で、でも」
正直、あのバーにはあまり足が向かない。
鎌鼬の経営するバーは妖怪達の中では有名で、超強力な妖怪達が常連だからだ。
おいらも有名といえば有名だが、たいした妖力のないアカナメなんぞ力関係では足下にも及ばない。そして妖怪は妖力の強さだけで勝敗が決まるのだ。
「早く! 私も一緒に行くわ!」
とサキが言ったのでみなが驚いてサキを見た。
サキは普段ちっとも部屋から出てこないからだ。アパートの周囲を歩くくらいで遠出をしたのを見た事がなかった。理由はサキ自身が醜い容姿で出歩きたくないのと、良太が姉が出歩くのをよしとしなかったからだ。
「サキちゃん、良太に怒られるよ」
「良太ってああ見えて喧嘩が強いからなぁ」
「俺達がとばっちりくうんじゃね?」
「バブー」
口々の叫びをサキは大きな声で遮った。
「そんな事言ってる場合じゃないでしょ! 早く! おばさん、クチメちゃんの様子を見ててね! アカナメさん、早く!」
サキがこんなに行動的だとは知らなかった。妖怪・天邪鬼なのによ。
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