アカナメの災難 3
鎌鼬の店の前に立った瞬間にすぐに走って逃げたい気持ちになった。
なんて日だ。ついてねえ。
「アカナメさん。早く」
サキが急かすが、おいらはなかなかドアを開ける事ができなかった。
「気がついてないのか?」
とおいらはサキを見た。
「何が?」
「あの人……人じゃねえけど、あの鬼が来てる」
サキはああ、と言う顔でうなずいた。
「本当ね、凄い妖気」
「怖くないのか? あの鬼、闘鬼さんはすげえ怖い人なんだぞ!」
「怖いけど、何もあの人に戦いを挑みに来たわけじゃないでしょ」
「恐ろしい事言うなよ。戦いなんて挑めるわけないだろ!」
「だったらいいじゃない」
サキはさっさと店のドアを開いて入って行った。
「いらっしゃい」
と霧子さんの色っぽい声がした。しょうがないので後からついてはいる。なるべく目線は下にして、誰とも目を合わせないように。
「あら、珍しいじゃない。サキちゃん」
「霧子さん、マスター。こんにちは」
サキが行儀よく挨拶をしたので、おいらも誰にともなく頭を下げた。
「アカナメとデート? シスコン良太に殺されるんじゃない? アカナメ」
「じょ、冗談でしょ。霧子さん」
おいらははははと笑って、カウンターの一番端っこに腰を下ろした。
一番反対側の椅子には大きな男が座っていた。
見かけは人間そのもので、かなりなハンサムだと思う。引き締まった体躯に長い足。すっとした切れ長の目で睨まれたら、いや、目が合うだけで消滅してしまう者だっているという噂だ。同じ空間にいるだけで、鬼の妖気にやられてしまいそうだ。
そういえば、いつもはカウンターの上で遊んでいる蔵ぼっこ達が今日は一匹もいない。
鬼が恐ろしくて出てこられないのだろう。
鬼のすぐ側に真っ白い猫が座っていた。彼女は鬼の恋人でとても綺麗な猫だった。クチメは珠子さんを気に入っていて、よく彼女の話をしていた。
「闘鬼さん、珠子ちゃんもお久しぶりです」
とサキが言った。
珠子さんがにゃーと鳴いて、闘鬼さんは「おう」と言った。
「実は相談したいことがあって、クチメちゃんの事なんですけど」
とサキが言った。
「そういえば最近見ないね」
とマスターがサキとおいらの前にグラスを置きながら言った。
「それが……ほら、アカナメさん!」
サキが突っついたので、「おいらかよ~」と思いながらおいらはクチメの事を話した。
「という感じで、クチメ、もう死にかけなんです。放っておけば良いとも思うんですけど、どうも……その……」
おいらが言葉に困って黙ってしまうと、
「クチメちゃんで何件目?」
とマスターが言った。霧子さんが指を折って数えて、
「五人目よ」
と言った。
「何ですか?」
「クチメちゃんだけじゃないの。そういう相談、あっちこっちから聞くのよ」
と霧子さんが言った。
「本当ですか?!」
「そうなんだ」
マスターがパイプに火をつけながら困ったような声で言った。
「手長足長は残念だけど間に合わなかったの」
そう言いながら霧子さんがおいらとサキの前に雑誌を置いた。芸能界のゴシップがたくさん書かれた週刊誌だった。
「あ。これ…… 『神山さやかさん、死亡。綺麗な手足として有名モデルだったさやかさん、惨殺死体で発見。長くて美しい自慢の両手両足が無惨にも何者かに引きちぎられる』ってこれ!」
「手長足長も人間になったとか、なりたいと言ってたとかそんな噂が流れてたわ。手長足長だけじゃない。ろくろ首は首を取られて、一つ目小僧は目を取られ、そんな事件が続いているのよ」
「そう言えば、クチメが「もう少ししたら口を取ってもらえる」と言ってました。そしたら人間になれると」
「馬鹿な……」
マスターがはあっと大きいため息をついた。
「人間になんかなれるわけがないのに。ねえ、闘鬼さん」
「そういう逸話は残っているだろうが、実際に人間になったという話は聞かないな」
と闘鬼さんが言った。
「人間に化けて暮らしてる妖怪はたくさんいるけどね、どうして人間なんかになりたいのか分からないな」
とマスターが言うと、霧子さんも、
「本当だわ。人間なんて何の力も持てないのよ? 自分で自分を守る力さえないのに」
と言った。
闘鬼さんはグラスを持ち上げて酒を飲んだ。あまりこの話に関心はなさそうだった。
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