第23話 俺の誘いは断ったくせに、そいつと?

 部活選択週間サークルインビテーション、二日目の昼休み。学食はざわめきと魔力、そして甘いデザートの香りに包まれていた。


 リミュエールはひとり、窓際の席で高たんぱくなチキンプレートと静かに格闘していた。ひと口ごとに心の中で筋繊維への感謝を述べながら、今日の見学候補を脳内でシミュレートしていた、そのとき——


「やあ、リミュエール嬢。偶然だね」


 頭上から、聞き慣れた爽やかな声が降ってきた。


 見上げると、第二王子・エアリスが、いつもの飄々とした笑みを浮かべて立っていた。

 銀の髪が陽光を受けてふんわりときらめき、制服のブローチはなぜか無駄に眩しい。


「お昼、ひとり? よければご一緒しても?」


 その瞬間、周囲の空気がはじけ飛んだ。


「キャアアアアアッ!!」

「エアリス様が! 直で! 話しかけてる!?」

「それもよりによって、あの……マッチョ系令嬢に!?」


 リミュエールは、チキンをくわえたままフリーズした。


(おい、やめろ。よりによってって言うな)


 だがエアリスは、そんな周囲の騒ぎなどまるで意に介さず、涼しい顔で向かいの席に腰を下ろした。


「昨日の見学、どうだった? 君のことだから、何か事件に巻き込まれてる気がして……ふふ、まさかね」


 ド直球で当たりだ。むしろ真ん中高めに来た剛速球だった。


「……まあ、いろいろあったけど。俺としては、花を育てるより、己の肉体を育てるほうが性に合ってる」


「……なるほど。ある意味、君自身が花だ。可憐で、美しい」


 この王子、真面目に言ってるのか、ただの天然なのか、いまだに判断がつかない。


 それでも、周囲の視線の痛さは確かだった。学食の端から端まで、完全にこちらへ注目が集まっている。

 そして、取り巻きの令嬢たちがぞろぞろとリミュエールたちの席を囲み始めた。


「エアリス様♡ あの、午後はどこの部活に見学に行かれるのですか?」

「わたくしたちも、ご一緒してよろしいでしょうか?」


「今日はね、美術工房アート・エレメンタルに行こうと思ってるんだ。魔力と絵画の融合表現、ちょっと面白そうでね」


「すてき〜〜♡」


(なんだそのスイッチの入り方……芸術ってそんなに人気ジャンルだったの?)


 エアリスはちら、とリミュエールを見た。


「リミュエール嬢も、興味ある? よければ一緒に」


 断る理由はない……いや、断ったら断ったで好感度が下がりそうだ。

 リミュエールは、判断力を総動員して、ため息混じりにうなずいた。


「じゃあ、ご一緒させてもらうよ」


「嬉しいな。それじゃ、放課後になったら迎えに行くよ」


 そのとき——


「おい」


 冷たい声が割って入った。見れば、セスが立っていた。制服の襟は整えられ、表情は相変わらず真面目だが、目元だけが微妙に鋭い。


「セス。どうした?」


 リミュエールが声をかけると、周囲の令嬢たちがまたざわついた。

 エアリスとは真逆のタイプだが、セスもまた隠れ人気枠。嫉妬の視線が、リミュエールを突き刺す。


「いま……部活の話、してたのか? 部活見学に行くのか? こいつと?」


 『こいつ』と言いながら、エアリスを一瞥するその目は明らかに言外の怒りを含んでいた。

 たぶん言いたいのは、「俺の誘いは断ったくせに」ということだ。


「う、うん。えーっと……」


 リミュエールは口ごもった。こういうとき、正解はなんだ?

 バルクの脳内に、妹のアドバイスボイスが響く。


(ここは、角を立てずに和を取れ。周囲と波風立てずに、丸く収めろ)


「セスも来るか?」


 場が一瞬、凍ったように静まり返った。


 その言葉に、取り巻きの令嬢たちの視線が一斉にセスへと向けられる。まるで「あなた、空気読めるの?」とでも言いたげに。


 だが当のセスは、眉ひとつ動かさずにリミュエールを見返した。


「……いいのか?」


 その声は低く、けれど少しだけ驚きが混じっていた。


「もちろん。複数見学は義務なんだろう? 一緒に行ったっていいはず」


 リミュエールはできるだけ自然に笑って返す。内心では、(これはたぶん正解のはず)と確認するように。


 セスはほんの一瞬だけ口を引き結び、そしてゆっくりと頷いた。


「……なら、行こう」


 その返答に、空気がほんのりとざわめく。

 エアリスは笑顔のまま、けれどヒスイの瞳が一瞬だけ細められた。


「ふふ。じゃあ、あとで迎えに来るよ。……にぎやかになるね」


 まるで何事もなかったかのように、柔らかな声で言ったが、その目の奥には微かな火花がきらめいていた。




 ✩⋆。˚╰(°ㅂ°)╯・゚˚。⋆✩




 放課後──陽は少し傾きはじめていたが、まだ空は明るく澄み渡っていた。

 時計は午後三時を少し回ったところ。学院の廊下には、授業を終えた生徒たちの足音と、談笑の声が交差していた。


 最後の授業を終えたリミュエールは、机の上に荷物をまとめながら、隣の席のフローラに声をかけた。


「ねえ、今日さ。美術工房アート・エレメンタルに見学に行こうと思ってるんだけど……一緒に行かない?」


 味方は多いほうがいい。


 フローラはぱちりと瞬きをし、少し困ったような顔をしながら首を振った。


「ごめんねリミュちゃん……! 園芸部で植え替え体験があるの。今日から本格的に活動が始まるみたいで……ヴェルグリーン先生にもぜひって」


 そう言う彼女の声は少し申し訳なさそうだったが、口元には隠しきれない笑みが浮かんでいた。


「でもね、ヴェルグリーン先生……すっごく格好いいの。話し方も落ち着いてるし、魔法の操作がもう……うっとりするくらい繊細で……」


 うっとりとした顔で語るフローラに、リミュエールは小さく笑った。


「なるほど。それはもう、全力で頑張るしかないな。……あの先生に惚れたな?」


「えっ、な、ななな……! 惚れてなんかないっ! ないもんっ!」


 真っ赤になってカバンを抱えたフローラが、ばたばたと教室を飛び出していく。


「……素直だなぁ」


 ひとりごちたそのとき、教室の扉がふわりと開いた。


「リミュエール嬢、お迎えに参上しましたよ」


 軽やかな声とともに、ふわふわした銀の猫毛が揺れる。

 光を浴びたその髪は薄い月のように白く輝き、ヒスイ色の瞳がにこやかに細められていた。


 第二王子・エアリス。相変わらず絵になる男だ。


 その後ろには、上品な笑みをたたえた令嬢たちがずらりと並び、まるで誰かの舞踏会か何かのように教室の入り口を占領していた。

 その中には、赤髪が燃えるように目立つイザルナの姿もあった。


「……教室まで来るとは思わなかった」


「だって、迎えに行くって言ったから」


 さらりと微笑むエアリスに、イザルナがちらりと目を向けたあと、リミュエールを見やって鼻を鳴らす。


「ふん、美術工房アート・エレメンタル見学ね。力を入れすぎて筆をへし折らないようにね」


「なんだその偏見」


 肩をすくめて返したそのとき、リミュエールの背後から声がした。


「行くぞ」


「……セス?」


 振り返ると、セスが立ち上がっていた。すでに荷物をまとめており、そのまま自然にリミュエールの隣に並んだ。


音楽魔奏団エコーズ・オブ・ルーンには入るつもりだけど……今日はリミュに誘われたから。見学、付き合うよ」


「……ありがとう」


 リミュエールが微笑むと、セスは少しだけ視線を外しながら頷いた。


 その様子を見たエアリスのヒスイ色の瞳が、ほんのわずかに細められる。


「ふふ、では改めてご案内しましょうか。セラフィーヌ侯爵令嬢……と、付き添いのセス君も」


 にこやかに笑いながらも、その声にはどこか針のような鋭さが混じっていた。


「……案内いただけるということで、光栄です、第二王子殿下」


 セスもまた、笑わずに返す。


 リミュエールを挟んで立つふたりの間に、ピリ、と目に見えぬ静電気が走った気がした。


(……気のせい、じゃないよな)


 リミュエールは、両脇に立つ男子ふたりの無言の戦いに苦笑しつつ、そっと歩き出した。


 こうして、銀髪の王子と黒髪の秀才、そして筋肉派のヒロインという異色のトリオは、王子の取り巻きの華やかなご令嬢たちと共に、美術工房アート・エレメンタルへと向かうことになった。




 ✩⋆。˚╰(°ㅂ°)╯・゚˚。⋆✩




 お読みいただき、ありがとうございます!

 園芸部に引き続き、美術部の見学です。


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