マッチョだけど乙女ゲームの儚げなヒロイン侯爵令嬢に異世界転生しました。イケメン全員ルート攻略しないと生き返れないって、マジで言ってるの? 仕方ないから筋肉パワーで無双します!
第2話 心配無用だ。筋肉が導いてくれる……!
第2話 心配無用だ。筋肉が導いてくれる……!
一週間後。
リュミエール=セラフィーヌ(中身:剛田 バルク(28))は、筋肉再生の第一歩として、柔軟体操と呼吸法から始めていた。
「ふっ……! しっかり……伸ばせッ、俺のハムストリングス……!」
朝の陽ざしが差し込む部屋の片隅で、可憐な令嬢が真顔で股割りをしていた。
当然、痛みに耐えかねて顔が引きつる。だが、めげない。
(まずは筋肉に思い出してもらうところからだ)
記憶も、習慣も、細胞レベルで。
その信念のもと、バルクは筋肉育成日記なるものを密かに書き始めていた。
――
《鍛錬ノート:第1週》
【Day1】ストレッチ5分 → 嘔吐。再起不能。
【Day2】深呼吸×10 → 貧血でダウン。
【Day3】手首回し成功!達成感。
――
「いいぞ……確実に、前進している……!」
そしてその日の午後。ついにバルクは決意する。
目指すは、屋敷の庭の一角にある、小さな鍛錬用の木造小屋。
もともとは父親付きの騎士が使っていたらしいが、今では誰も使っていないらしい。
「よし……今日は、あそこまで行く」
問題はその距離だ。
部屋から階段を下り、廊下を抜け、庭を横切って小屋まで。
地味だが、今のリュミエールの身体にはまごうことなき挑戦である。
ドレスのすそを少しだけ持ち上げ、意を決して歩き出す。
階段。足を下ろすたびに膝が震える。
ふらついて、壁に手をついた瞬間。
「お嬢様……!? お一人で階段を……!」
後ろから驚いた声が上がる。だが
「心配無用だ。筋肉が導いてくれる……!」
誰に向かって言っているのかもわからないセリフを残し、
廊下を抜け、陽の光が降り注ぐ庭へ。
薔薇の香りと芝生の感触が、汗ばんだ足元を撫でる。
小屋が見えた。
あと数歩。あと一息。
「……着いた……ッ」
額に汗をにじませながら、バルクは小屋の前に立った。
「やった……本当に、来れた……」
その瞬間。
「お嬢様!? まさか……! 本当に……階段を降りて、お一人でここまで……?」
メイドと執事が、息を切らして追いついてきた。
「これは……すごい……! これまで、お部屋の前ですら支えが必要だったのに……!」
「お嬢様……お嬢様は……本当に、奇跡を起こされました……!」
二人とも目を潤ませ、拍手を送り始める。
(……いや、ちょっと盛りすぎだろ)
バルクは内心でツッコミつつも、まんざらでもない。
この世界の人々が、自分の努力に目を向けてくれるのなら、それもまた悪くない。
「今日のログに、こう書こう。『庭の小屋まで制覇。筋力+1』――っと」
✩⋆。˚╰(°ㅂ°)╯・゚˚。⋆✩
セラフィーヌ侯爵家の朝食は、実に優雅で、実に豪勢だった。
長く磨き抜かれた木製のダイニングテーブル。中央には銀の燭台。
その上を、香ばしいパンの香りと、肉の焼ける音が漂っていた。
この屋敷では、基本的に家族で食事を共にするのが習わしだ。
昼や夜はばらばらになることもあるが、朝食だけはできる限り全員でそろう。
とはいえ、侯爵である父は不在の日も多く、この日も椅子は空いていた。
「おはようございます、母上」
リュミエール――いや、バルクは、椅子に背筋を伸ばして着席した。
まさか中身が筋肉至上主義の男だとは、誰も気づくはずがない。
「おはよう、リュミエール。昨夜はよく眠れたかしら?」
侯爵夫人である母は、優雅に紅茶を口にしながら、にこやかに問いかける。
「ええ。悪夢も筋肉痛もなく、快眠でした」
「ふふ、それは良かったわ」
それは、完璧な貴族の食卓。
ただひとつ。
「……俺の皿、量、少なくね?」
リュミエールの目の前に置かれた皿には、小さなオムレツと白粥、蒸した野菜が申し訳程度に盛られているだけだった。
母の皿にはクロワッサンにベーコン、果物が山盛りだというのに。
(いや、まぁ……見た目は少女だし、病み上がりなのはわかる。わかるけど……!)
ごくり。
目の前のベーコンを見つめるその視線は、獲物を狙う獣のごとく鋭かった。
(筋肉には、タンパク質が……! 肉が必要なんだ……ッ!)
「……いただきます」
手を合わせて一礼し、蒸し野菜を一口。
味は悪くない。むしろ上品で繊細で、素材の旨味を引き立てる名人芸。
だが。
「……足りん」
呟きは誰にも届かず、朝食は静かに終わった。
✩⋆。˚╰(°ㅂ°)╯・゚˚。⋆✩
食後、
調理場では、数人の料理人が明日の宴の準備に忙しく動き回っている。
その中央に立つのは、帽子をきっちりとかぶった料理長。
「お嬢様!? ど、どうなさいました……!」
使用人が慌てて駆け寄るが、バルクは気にせず料理長の前へ進む。
「厨房に用がある」
「お、お食事に何か不備が……?」
料理長が困惑した様子で問いかける。
「……タンパク質が足りん」
「……は?」
料理長が固まった。
「肉だ。もっと肉を。できれば赤身、できれば高タンパク低脂肪。そして卵、豆、魚介類……乳製品も忘れるな」
「え、ええと……それはつまり……」
「筋肉にいい食事にしてほしい。明日から」
厨房が静まり返った。
包丁を握る手も、煮込みをかき回す手も、すべてが止まっている。
「お、お嬢様……お身体のためには、あの程度の量でちょうどよろしいかと……」
「今のままでは、筋肉が育たん。育たねば、私は……生きる意味を失う」
重々しい口調で言い切った。
「お嬢様……」
料理長が、困惑したような目をしていた。
「わかりました……肉がお好きなんですね?」
(よし、これで栄養は確保……あとは、筋トレだ)
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――筋トレには、時として秘匿が求められる。
貴族の令嬢として暮らすこと一ヶ月。バルクは学び取っていた。筋肉を育てるには努力が必要だが、この世界では可憐なお嬢様がごつい筋トレに励む姿はあまりにも異質すぎる。
その日、
その瞬間。
「お嬢様!? な、なにをなさっているのですかっ!」
メイドが血相を変えて飛び込んできた。
「す、スクワ……いえ、ちょっと足腰をほぐしていただけで……」
「ダメです! 安静にしてください! お医者様からも、今は無理をしてはいけないと……!」
「奥様も心配しておられるのです! あなたは、このお屋敷の、たった一人のお嬢様なのですよ……!」
その言葉に、
仕方ない。今は……隠れるしかない。
✩⋆。˚╰(°ㅂ°)╯・゚˚。⋆✩
数日後、
(ならば、見られなければいい。俺はやる。隠密筋トレだ)
まずは風呂場。お湯を抜いた湯船の中でのスクワット。洗面台を支えにした腹筋。そして、カーテンレールを使ったぶら下がり式懸垂。
(思ったより……道具が、ない)
ジムのような設備など望むべくもない。だが、
(いや……工夫すれば、身の回りにいくらでも筋肉は眠っている)
ドアノブでレッグレイズ、枕を使ったハンドプレス、シャンデリア下でのバランススクワット。
あらゆる家具が、
(筋肉は、知恵で伸ばすものだ)
メイドたちは「最近、お顔の血色もよくなられて……」と微笑んでいた。
本当は筋肉痛で毎晩うめいていたが、それを顔に出さないのがプロというものだ。
「最近、発作も起きなくなってこられましたね……!」
ある日、使用人のメイドがそう言って笑った。
笑顔には、心からの安堵がにじんでいる。
「以前は階段の昇り降りどころか、食後の会話でも息が上がっておられたのに……本当に、よかった……」
「うん。私も、最近は……体が軽い気がするの」
自分で言ってて笑いそうになる。
内側の魂は、筋肉と根性とプロテインでできた元ボディビルダー。
でもその軽さは、まさしく今の
(筋肉は……裏切らない)
日々のトレーニングによって、
筋肉量、反応速度、持久力――どれもわずかだが確実に上昇している。
――
《鍛錬ノート:第4週》
【Day22】腹筋10回達成。祝!
【Day23】湯船スクワット40回。達成感◎
【Day24】カーテンレール懸垂3回 → 成功! → カーテンが落ちた。要修理申請
――
「ふふっ、今日も、やりきった……」
寝台に潜り込みながら、そっとガッツポーズを握る。
少しずつ、自分の身体が仲間になってきたような、そんな実感があった。
✩⋆。˚╰(°ㅂ°)╯・゚˚。⋆✩
お読みいただきありがとうございます。
筋肉は一日にしてならず。
マッチョの育成ゲームは続きます。
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