マッチョだけど乙女ゲームの儚げなヒロイン侯爵令嬢に異世界転生しました。イケメン全員ルート攻略しないと生き返れないって、マジで言ってるの? 仕方ないから筋肉パワーで無双します!

柚子

第1章 攻略対象:セス=グランディール

第1話 俺が……ヒロインだとおおおおお!?

「うおおおおおおおおおおッ!!!」 


 男の咆哮が、鉄の唸りとともにジムの天井を震わせた。

 背中に流れる汗、軋むバー、周囲の視線など気にもしない。

 それが剛田ごうだ 盤力ばるく、28歳――筋肉で人生を築いた男だ。


「いける……! いけるぞ、俺のターン、ファイナルレップだッッ!」


 ベンチプレス250kg。自己記録更新まであとわずか。

 全神経が大胸筋に集中し、肉体がうなりを上げる。


 ――だが、その瞬間だった。


 ピキィ。


 肩に走る鋭い違和感。

 だが盤力バルクは止まらない。筋肉とは信じるもの。筋肉は――裏切らない……はずだった。


「ッ……が……ッッ!!」


 視界が揺れる。握力が抜ける。バーが落ちる。

 重力が逆転し、意識が反転する。


 その日、剛田ごうだ 盤力バルクは、筋肉とともに死んだ。




 ✩⋆。˚╰(°ㅂ°)╯・゚˚。⋆✩




 ……次に目を覚ましたとき、バルクは真っ白な空間に立っていた。


「ここは……どこだ? まさか、地獄のウェイト場か?」


 目の前に現れたのは、金髪ツインテールの少女。

 愛らしい見た目に、ロリボイス。まるで天使のよう――というか。


「ピンポーン♪ 天界です!」


「……は?」


「あなた、死にました♡ ボディビル大会の直前に。あらまあ、残念〜」


「そんな軽いノリで言うなああああ!!」


 バルクは立ち上がろうとする。だが、力が入らない。

 身体がスカスカだ。筋肉の感触が、ない……!


「さてさて〜、死んでしまったあなたには、特別に! 第二の人生をご用意しましたっ!」


「……マジか」


「ただし、条件付きです♪」


 天使はにこりと微笑む。


「異世界で全ルート攻略できたら、元の世界に戻してあげます♡」


「ルート? それって……ゲームか何かか?」


「そう! 乙女ゲームの世界に、ヒロインとして転生してもらいます♪」


「……乙女ゲーム? ヒロイン?」


 バルクの顔が凍った。


「俺が……ヒロインだとおおおおおおおおおおお!?」


 叫びながら白目を剥く。拒絶反応で顔面は蒼白だ。


「ま、最初はみんな嫌がるけど、そのうち慣れるから大丈夫♡」


「いやいやいやいや! ちょっと待て! 俺はまだ……大会が……筋肉が……!!」


「じゃ、いってらっしゃい♡」


 ポン、と天使が指を鳴らした。


 その瞬間、バルクの意識は光に包まれ、強制的に断ち切られていく。


 筋肉も、叫びも、涙も置いてけぼりにして――


「ぐわああああああああああッ!!!!!」


 彼は転生する。

 乙女ゲーム世界の、美少女の身体へと――。




 ✩⋆。˚╰(°ㅂ°)╯・゚˚。⋆✩




 あたたかい……。


 ふわふわの毛布に包まれ、陽だまりのようなやさしさに撫でられている。

 だが、筋肉で鍛え抜かれた本能が、違和感を訴えていた。


(なんだ、この……やわらかさ……俺の背筋どこ行った?)


 そっと目を開ける。見上げた先には、見慣れない豪奢な天蓋付きベッドの天井。

 高い天井。揺れるレースのカーテン。大理石の柱。煌びやかなシャンデリア。ほのかに漂う薔薇の香り。


 ――ここは自宅じゃない。ジムでもなければ、病院でもない。

 質素な下宿の六畳一間とは、比べるのも失礼なくらい広い部屋だった。


「お嬢様! お目覚めですか?」


 扉が勢いよく開き、メイド服を着た女性が駆け込んでくる。

 銀の髪をきっちり束ねた上品な女性で、瞳を潤ませながらこちらを見ていた。


「ま、まさか……!」


 バルクは反射的に、腹筋の力だけでベッドから跳ね起きようとした――その瞬間。


「うっ……ごほっ……!!」


 咳き込んだ。酸素を吸っただけで。

 なんだこの気管支の脆さは……!


「だ、大丈夫ですか!? お水を、すぐに!」


 慌てて駆け寄ってきたメイドが、ガラスのコップを手に、口元へと差し出す。

 その所作は、優雅で手慣れていた。


「……ありがとう……」


「いえ、何かございましたら、すぐにお呼びくださいませ」


 そう言って、心配そうな表情を浮かべたまま、そっと部屋をあとにする。


 バルクは、深く息をついた。


(筋肉が……ない)


 腕を持ち上げてみる。力が入らない。肩がすぐに落ちる。

 まるで骨だけで構成されているような感覚。


「……体が、重い。いや、軽いのに……弱い……」


 恐る恐るベッドを降り、鏡の前に立つ。


 そこに映ったのは、金色の髪、紫がかった瞳、白磁のような肌を持つ少女だった。

 見た目は十歳くらい。腕は細く、まるで綿あめのような雰囲気。


 少女――だった。


 その現実を確信させるものが、鏡の前の化粧台に置かれていた。


『診断書:リュミエール=セラフィーヌ嬢』


 まるで物語に出てくるような名前。

 どうやら自分は、貴族のご令嬢になってしまったらしい。


「やっぱり……俺、女になってる……」


 戦慄とともに、事故の記憶がよみがえる。

 ベンチプレス、落下、天使、そしてヒロインへの転生。


「マジかよ……夢であってくれ……!」


 細い手で頬をつねる。……痛い。

 現実だった。


 そして――


 自分の身体に意識を向けた、その瞬間。


 ぞくり、と寒気が走った。


(筋肉が……ない。圧倒的に、ない)


 大胸筋どころか、腹直筋の気配すらない。背中も尻も……空虚だ。

 ついでに股間にも、ついていない。


「これは……」


 おそるおそる腕を上げる。

 ぷるぷると震える指先。上腕が支えきれず、肩が脱力する。


「これは……終わってる……!」


 筋トレ中毒者としての死を悟り、彼――いや、彼女はベッドに崩れ落ちた。


 が。


 それでも、バルクは折れなかった。

 心についた筋肉は、無事だ。


「いや、違う……これはむしろ、鍛えがいがあるということだ!」


 トレーニーとしての魂が、静かに燃え上がる。


「まずは、基礎からだ。腕立て伏せ……!」


 意気込んで床に手をついた――瞬間、


 がくっ。


「おふっ!!」


 腹筋が攣り、全身が崩れ、顔面から床に激突。情けない音が響く。


 そのまま、うつぶせに倒れ込んだ。


 ドンッ!!


 軽いはずの身体が打ちつけた音は、妙に鋭く室内に響いた。


「お嬢様ぁああああ!!」


 悲鳴とともにメイドが再び駆け込む。


 顔面蒼白。瞳は揺れ、声は裏返っていた。


「しっかりなさってください! お嬢様っ、どなたか、誰かお呼びを!!」


 震える手で背中をさすりながら、今にも泣き出しそうな声で叫ぶ。


(くっ……! 今の俺には、床を雑巾で拭く筋肉もない……!)


 だが、この絶望すらも、彼にとっては始まりにすぎなかった。


 剛田ごうだ 盤力バルク、もといリュミエール=セラフィーヌ。

 この日から、彼女かれの筋肉育成計画が静かに始動する――。




 ✩⋆。˚╰(°ㅂ°)╯・゚˚。⋆✩




 お読みいただきありがとうございます。

 マッチョによる乙女ゲーム攻略、始まりました!

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