マッチョだけど乙女ゲームの儚げなヒロイン侯爵令嬢に異世界転生しました。イケメン全員ルート攻略しないと生き返れないって、マジで言ってるの? 仕方ないから筋肉パワーで無双します!
第1話 俺が……ヒロインだとおおおおお!?
マッチョだけど乙女ゲームの儚げなヒロイン侯爵令嬢に異世界転生しました。イケメン全員ルート攻略しないと生き返れないって、マジで言ってるの? 仕方ないから筋肉パワーで無双します!
柚子
第1章 攻略対象:セス=グランディール
第1話 俺が……ヒロインだとおおおおお!?
「うおおおおおおおおおおッ!!!」
男の咆哮が、鉄の唸りとともにジムの天井を震わせた。
背中に流れる汗、軋むバー、周囲の視線など気にもしない。
それが
「いける……! いけるぞ、俺のターン、ファイナルレップだッッ!」
ベンチプレス250kg。自己記録更新まであとわずか。
全神経が大胸筋に集中し、肉体がうなりを上げる。
――だが、その瞬間だった。
ピキィ。
肩に走る鋭い違和感。
だが
「ッ……が……ッッ!!」
視界が揺れる。握力が抜ける。バーが落ちる。
重力が逆転し、意識が反転する。
その日、
✩⋆。˚╰(°ㅂ°)╯・゚˚。⋆✩
……次に目を覚ましたとき、バルクは真っ白な空間に立っていた。
「ここは……どこだ? まさか、地獄のウェイト場か?」
目の前に現れたのは、金髪ツインテールの少女。
愛らしい見た目に、ロリボイス。まるで天使のよう――というか。
「ピンポーン♪ 天界です!」
「……は?」
「あなた、死にました♡ ボディビル大会の直前に。あらまあ、残念〜」
「そんな軽いノリで言うなああああ!!」
バルクは立ち上がろうとする。だが、力が入らない。
身体がスカスカだ。筋肉の感触が、ない……!
「さてさて〜、死んでしまったあなたには、特別に! 第二の人生をご用意しましたっ!」
「……マジか」
「ただし、条件付きです♪」
天使はにこりと微笑む。
「異世界で全ルート攻略できたら、元の世界に戻してあげます♡」
「ルート? それって……ゲームか何かか?」
「そう! 乙女ゲームの世界に、ヒロインとして転生してもらいます♪」
「……乙女ゲーム? ヒロイン?」
バルクの顔が凍った。
「俺が……ヒロインだとおおおおおおおおおおお!?」
叫びながら白目を剥く。拒絶反応で顔面は蒼白だ。
「ま、最初はみんな嫌がるけど、そのうち慣れるから大丈夫♡」
「いやいやいやいや! ちょっと待て! 俺はまだ……大会が……筋肉が……!!」
「じゃ、いってらっしゃい♡」
ポン、と天使が指を鳴らした。
その瞬間、バルクの意識は光に包まれ、強制的に断ち切られていく。
筋肉も、叫びも、涙も置いてけぼりにして――
「ぐわああああああああああッ!!!!!」
彼は転生する。
乙女ゲーム世界の、美少女の身体へと――。
✩⋆。˚╰(°ㅂ°)╯・゚˚。⋆✩
あたたかい……。
ふわふわの毛布に包まれ、陽だまりのようなやさしさに撫でられている。
だが、筋肉で鍛え抜かれた本能が、違和感を訴えていた。
(なんだ、この……やわらかさ……俺の背筋どこ行った?)
そっと目を開ける。見上げた先には、見慣れない豪奢な天蓋付きベッドの天井。
高い天井。揺れるレースのカーテン。大理石の柱。煌びやかなシャンデリア。ほのかに漂う薔薇の香り。
――ここは自宅じゃない。ジムでもなければ、病院でもない。
質素な下宿の六畳一間とは、比べるのも失礼なくらい広い部屋だった。
「お嬢様! お目覚めですか?」
扉が勢いよく開き、メイド服を着た女性が駆け込んでくる。
銀の髪をきっちり束ねた上品な女性で、瞳を潤ませながらこちらを見ていた。
「ま、まさか……!」
バルクは反射的に、腹筋の力だけでベッドから跳ね起きようとした――その瞬間。
「うっ……ごほっ……!!」
咳き込んだ。酸素を吸っただけで。
なんだこの気管支の脆さは……!
「だ、大丈夫ですか!? お水を、すぐに!」
慌てて駆け寄ってきたメイドが、ガラスのコップを手に、口元へと差し出す。
その所作は、優雅で手慣れていた。
「……ありがとう……」
「いえ、何かございましたら、すぐにお呼びくださいませ」
そう言って、心配そうな表情を浮かべたまま、そっと部屋をあとにする。
バルクは、深く息をついた。
(筋肉が……ない)
腕を持ち上げてみる。力が入らない。肩がすぐに落ちる。
まるで骨だけで構成されているような感覚。
「……体が、重い。いや、軽いのに……弱い……」
恐る恐るベッドを降り、鏡の前に立つ。
そこに映ったのは、金色の髪、紫がかった瞳、白磁のような肌を持つ少女だった。
見た目は十歳くらい。腕は細く、まるで綿あめのような雰囲気。
少女――だった。
その現実を確信させるものが、鏡の前の化粧台に置かれていた。
『診断書:リュミエール=セラフィーヌ嬢』
まるで物語に出てくるような名前。
どうやら自分は、貴族のご令嬢になってしまったらしい。
「やっぱり……俺、女になってる……」
戦慄とともに、事故の記憶がよみがえる。
ベンチプレス、落下、天使、そしてヒロインへの転生。
「マジかよ……夢であってくれ……!」
細い手で頬をつねる。……痛い。
現実だった。
そして――
自分の身体に意識を向けた、その瞬間。
ぞくり、と寒気が走った。
(筋肉が……ない。圧倒的に、ない)
大胸筋どころか、腹直筋の気配すらない。背中も尻も……空虚だ。
ついでに股間にも、ついていない。
「これは……」
おそるおそる腕を上げる。
ぷるぷると震える指先。上腕が支えきれず、肩が脱力する。
「これは……終わってる……!」
筋トレ中毒者としての死を悟り、彼――いや、彼女はベッドに崩れ落ちた。
が。
それでも、バルクは折れなかった。
心についた筋肉は、無事だ。
「いや、違う……これはむしろ、鍛えがいがあるということだ!」
トレーニーとしての魂が、静かに燃え上がる。
「まずは、基礎からだ。腕立て伏せ……!」
意気込んで床に手をついた――瞬間、
がくっ。
「おふっ!!」
腹筋が攣り、全身が崩れ、顔面から床に激突。情けない音が響く。
そのまま、うつぶせに倒れ込んだ。
ドンッ!!
軽いはずの身体が打ちつけた音は、妙に鋭く室内に響いた。
「お嬢様ぁああああ!!」
悲鳴とともにメイドが再び駆け込む。
顔面蒼白。瞳は揺れ、声は裏返っていた。
「しっかりなさってください! お嬢様っ、どなたか、誰かお呼びを!!」
震える手で背中をさすりながら、今にも泣き出しそうな声で叫ぶ。
(くっ……! 今の俺には、床を雑巾で拭く筋肉もない……!)
だが、この絶望すらも、彼にとっては始まりにすぎなかった。
この日から、
✩⋆。˚╰(°ㅂ°)╯・゚˚。⋆✩
お読みいただきありがとうございます。
マッチョによる乙女ゲーム攻略、始まりました!
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