第7話*彼が旅をする理由
『オカオサ』での滞在が終わると、次の国に向かうために駅のホームで列車がくるのを待った。
「スザンナ」
ルイスが話しかけてきたので私は彼の方に視線を向けた。
「次の国に到着したら、君に会わせたい人がいるんだ」
と、ルイスは言った。
「会わせたい人?」
そう聞き返した私に、
「実は、君が次に行く国は僕の故郷なんだ」
と、ルイスは言った。
「えっ、そうなの?」
私は驚いてまた聞き返した。
「父に君のことを会わせたいんだ」
一緒に旅をしている友達として…って言うことかな?
そう思った私は、
「わかった」
と、返事をした。
ホームに列車が到着した。
目的地に到着して列車を降りた私たちを待っていたのは、
「さ、寒い…」
冷たい風だった。
「ここは北の方に位置しているから他のところよりも寒さがくるのは早いんだ」
「そ、そうなんだ…」
「父に会う前にコートと手袋を買った方がいいかも知れないね」
「うん、私もそう思った…」
私たちは駅を出ると、近くの洋装店に駆け込んだ。
そこでコートと手袋とニット帽を購入すると、店を後にした。
「まさか寒さが私たちを迎えてくれるなんて思ってもみなかったな…」
温かい格好に身を包みながら、私は言った。
「ごめん、君に言うのを忘れてたよ」
ルイスがそう言った後で何かに気づいた。
「ルイス?」
彼の視線の先を見てみると、黒いコートを身に着けている老年の男がいた。
誰だろう?
そう思っていたら、その人が私たちに近づいてきた。
「ルイス、久しぶりだな」
その人がルイスの名前を呼んで話しかけてきた。
えっ、ルイスの知り合い?
そう思っていたら、
「久しぶりですーー父様」
と、ルイスが言った。
「えっ、と、とうさま…?」
この人、ルイスのお父さんなの!?
私はルイスと彼の父親の顔を交互に見つめた。
言われてみれば、雰囲気が似ているような似ていないような…。
「その方は?」
ルイスのお父さんが私に気づいた。
「は、初めまして…スザンナと申します。
ルイスさんとは…」
「僕の恋人です、父様」
自己紹介をしようとした私をさえぎるように、ルイスが言った。
「えっ…?」
今、私のことを“恋人”って言わなかった…?
「あ、あの…ルイス…?」
「僕がおつきあいをしているスザンナさんです。
元々は公爵家の令嬢だったんですけれど、訳あって爵位を返却して1人で旅をしているんです。
そんな彼女と『コハマーナ』で知り合っておつきあいをしています」
ルイスはペラペラと目の前にいる父親に向かって言っていた。
ちょっと待って、何でそんな説明をしているの?
恋人って、どう言うことなの?
訳がわからなくて戸惑っている私に、
「そうか、お前もいいお相手を見つけたんだな」
と、ルイスのお父さんは言った。
「はい、まだつきあったばかりですが彼女のことは心の底から大切にしたいと思っております」
…何か、勝手に話を進められていない?
「家に行くぞ、母さんにも彼女のことを紹介するぞ」
「はい」
「えっ、ええっ?」
ちょっと待って、いきなり家に行くって何でそうなっちゃったの!?
戸惑っている私を気にも留めていないと言わんばかりに彼らは歩き出したので、私はそんな彼らの後を追うことしかできなかった。
到着したルイスの家は、大豪邸だった。
私がかつて住んでいた家よりも大きいんじゃない…?
えっ、ルイスって何者なの…?
ルイスと共に来客用の部屋に案内された。
大きなベッドに高そうな家具、そのうえシャワールームと洗面所も完備しているのでどこかのホテルなんじゃないかと思ってしまった。
荷物置きにカバンを置くと、
「ねえ、どう言うことなの?」
と、私はルイスに問いつめた。
「会わせたい人がお父さんだったなんて聞いていないし、私を恋人だって紹介するなんてどう言うことなの?
ちゃんと説明して欲しいんだけど!」
そう言った私に、
「ごめん」
と、ルイスは謝ってきた。
「いや、謝ってくれなんていってないんだけど!」
私が言い返したら、
「黙っててごめん、僕のことも君を恋人だって紹介したことも全部黙ってて悪かった」
と、ルイスはまた謝ってきた。
その顔はとても申し訳なさそうで私は気持ちを落ち着かせるために口を閉じて彼に聞きたいことを頭の中でまとめた。
「まずは…ルイスは、何者なの?」
と、私は聞いた。
「君と同じ公爵家の人間だよ」
ルイスは私の質問に答えた。
「どうして私のことを恋人だって紹介したの?」
「君は嫌だった?」
「嫌だったも何も、てっきり一緒に旅をしている友達として紹介されると思っていたから…」
そう言った後で私はふと思った。
「ルイスはどうして旅をしようって思ったの?
公爵家の息子で特に悩んでいることもなければ何かしらの事情もないはずなのに、どうしてルイスは旅をしようって思ったの?」
と、私はルイスに聞いた。
そう言えば私が旅をすることになった理由をルイスに教えたことがあったけれど、私はルイスから何も聞いていなかったことを思い出した。
「そうだね、まずはそこから打ち明けた方がいいかも知れない」
ルイスは気持ちを落ち着かせるように深呼吸をした後で口を開いた。
「ーー自分にわがままになってみたいと思ったんだ」
ルイスは言った。
「えっ?」
言われた私は訳がわからなかった。
「今から1ヶ月後が僕の誕生日なんだ。
僕の家は20歳になると長男が家督を継ぐって言うしきたりがあるんだ」
「そんな決まりがあるんだ…」
私はルイスの話に耳を傾けた。
「僕は公爵家の1人息子として生まれて、これまで家督を継ぐために勉強やマナーを受けた。
それを当然のことだと思って今まで受けていたけれど…ある日、自分はこのままでいいのかとそう思うようになったんだ。
このまま誕生日を迎えて家督を継いで、自分に見合っている女性と結婚して子供が生まれて…そう考えたら、何だか虚しく感じたんだ。
それで自分の人生なんだし、1度くらいは自分のために生きてみようわがままになってみようと思って旅をすることにしたんだ」
「それが、ルイスが旅をしようって思った理由なんだね?」
「うん」
私の問いにルイスは首を縦に振ってうなずいた。
「いろいろな国を見て回って、美味しいものを食べたり、国のお祭りに参加したりして…そんな時にスザンナ、君に出会ったんだ」
「私に?」
「君は悲しい出来事があったけれど、とても前向きな気持ちで旅をしていた。
そんな君の旅を見届けたかったから同行しようと思った。
一緒に旅をしている友達として父に君を紹介してもよかったけれど…」
ルイスはそう言って私を見つめてきた。
「る、ルイス…?」
見つめられた私はどうしたらいいのかわからなくて戸惑うことしかできなかった。
「ーー1人の女性として、君のことを好きになったんだ」
「えっ…?」
好きになったって…もしかしなくても、恋愛の意味でだよね?
「君に気持ちを伝えなかったうえに、父に恋人だと言って君を紹介して悪かった。
でも…僕が君のことを好きなのは本当のことだし、君と恋人…いや、君と結婚したいと思ってる。
もちろん、それは全て君の気持ちを聞いてからじゃないといけないって言う話なんだけれど」
「ーーッ…」
私はどんな表情でルイスの話を聞いているのだろうか?
「スザンナーー僕は、君のことが好きだ。
君を1人の女性として愛しているんだ」
私に思いを伝えてきたその目は真っ直ぐで戸惑ってしまうほどだった。
同時に、その目に見つめられて気づかされたことがある。
「ルイス…」
私はルイスの名前を呼ぶと、
「少しだけ、時間をくれないかな…?」
と、言った。
ルイスは少し寂しそうに微笑むと、
「わかった。
これは君にとっても大切なことだし、よく考えてから答えを出して欲しい」
と、言ったのだった。
「少し、外の空気を吸ってくるよ」
ルイスはそう言って部屋を出たのだった。
バタンとドアが閉まったのと同時に、私は頬に手を当てた。
「ーー私…」
気づいてしまった。
「ーールイスのことが、好きなんだ…」
真っ直ぐな目で私のことを見つめて自分の気持ちを伝えてきた彼に、自分でも知らなければ気づくこともなかったこの気持ちに気づいてしまった。
この気持ちの整理をしたくて、1人になりたくて…つい、時間が欲しいと言ってしまった。
「ーールイスのことが好きなんだ…」
1人になった部屋で、私は呟いた。
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