第3.5話*悪事に加担した者たちの心の痛み

ーーねえ、知ってる?


ーースザンナ嬢はアーロン様とエリーゼ様がつきあっていたことを本当は知っていた、って言う話だろ?


ーー自分が悪役に仕立てあげられたことよりも彼らが自分の邪魔をしていることに心を痛めて自ら婚約破棄を申し出たみたいですよ


ーー健気な話よね、私だったらできないかも


 *


街を散策していたジェームズは、あちこちから聞こえる噂話に心を痛めていた。


「スザンナ嬢も勇気あるよな、アーロン様とエリーザ様のために自ら身を引くことを選ぶなんて」


「自分から身を引いたんじゃなくて彼らに脅されたって言うのが真相らしいぞ。


名誉と家柄に傷をつけられたくなかったら婚約破棄をしろって脅されたらしい」


「スザンナ嬢の家は父親が事業に失敗して多額の借金を抱えていたんだって!


その借金の肩代わりをするのと引き換えに…って言う話もあるみたい!」


それ以上は聞きたくなくて、ジェームズは早足でその場から離れた。


(何でだ!?


何でこんなことになっているんだ!?


何がどうしてこうなって…こんなことになってしまったんだ!?)


ジェームズは、自分が行ってきた悪事に後悔していた。


きっかけは、幼なじみで親友のアーロンがメイドのエリーゼに恋をしたことを知ったことだった。


親友の背中を押したその結果、エリーゼも同じ気持ちだったようでそこから交際がスタートした。


アーロンはエリーゼと逢瀬を重ねるために自分と執事のロバートにアリバイ工作を依頼してきた。


エリーゼとの逢瀬を重ねて一緒に過ごして行くうちに、アーロンは彼女と結婚したいと思うようになった。


しかし、婚約者であるスザンナの存在が邪魔で仕方がなかった。


アーロンのことを愛していないうえに王妃の座と言う絶対的に約束されたその未来のことしか興味がない彼女の存在を何としてでもいいから消さないといけない。


そこで考えたのがスザンナに関する悪い噂を流して婚約破棄へと話を進めさせる…と言う作戦だった。


この作戦は見事に功を奏してスザンナと婚約破棄をすることができた。


先日にアーロンはエリーゼとの婚約を新たに発表した…のと同時に、街中にまた新たな噂が流れ出していた。


それは、スザンナは以前からアーロンとエリーゼの交際を知っていたと言う噂だ。


自分が噂の中で悪役に仕立てられていたことよりも彼らの恋路を邪魔していることに心を痛めたスザンナが自ら身を引いた…と言う噂が流れ始めたのだ。


その噂は両親が病気になって治療代と引き換えに婚約破棄を申しつけた、エリーゼがスザンナのことをいじめていて婚約破棄をするようにと脅してきた、アーロンが雇った男たちにスザンナは乱暴されて彼女が傷ものになってしまったのを口実にして一方的に婚約破棄された…と尾ひれがついて街中へ広まっていた。


(何でこんなことになってしまったんだ!?)


ジェームズは、悪事に加担してしまったことを深く後悔していた。


本当のことがバレてしまうのも時間の問題ではないのか、それに自分が関わっていることを世間が知ってしまったら…と思ったら気が気じゃなかった。


 *


「ーーお呼びでしょうか、国王様」


執務室に呼ばれたロバートは背中に冷や汗が流れたのを感じた。


アーロンの父親でこの国の王である彼に呼ばれたと言うことは、今街中に流れている噂についてのことを聞かれるのだと予感した。


例の噂は使用人たちの話題にもなっていたので普段から城の中にいるロバートもよく知っていた。


(待て…落ち着け、聞かれるとは決まった訳ではない…)


ロバートは気持ちを落ち着かせようとした。


「ロバート」


「…はい」


「スザンナ嬢がアーロンに自ら婚約破棄を申し出たと言う話は本当か?」


やっぱり…と、ロバートは思った。


(いや、待て…知らないと答えれば、それ以上のことは聞かれないはずだ…)


ロバートは再び気持ちを落ち着かせて口を開くと、

「いえ、何も存じておりません」

と、答えた。


沈黙が流れている。


その沈黙を破ったのは、

「そうか…」

と、彼の方からだった。


それ以上のことについて聞かれなかったことにロバートはホッとして胸をなで下ろした。


「では、アーロンがスザンナ嬢に乱暴を働いたことに関しての話は本当か?」


「えっ…?」


何を聞かれたのかよくわからなかった。


「アーロン様がスザンナ嬢に乱暴を…ですか?」


「話によると、雇った男たちに彼女を乱暴して傷ものにするように命じた。


傷ものにされたのを口実にして、こちらから一方的に婚約破棄を申しつけたと言うことだ。


それもこれもエリーゼ嬢と婚約をするために…と言うことらしい」


「い…いえ、存じあげておりません…」


ロバートは背中に大量の冷や汗が流れるのを感じながら首を横に振って答えた。


「そうか、ならばいい。


ロバートならば何か知っていると思ったが、どうやら見当違いだったみたいだな」


それ以上のことを聞かれなかったことに、ロバートは胸をなで下ろした。


「時間をとってすまなかった、もう下がっていいぞ」


「はい、失礼しました」


ロバートはペコリと頭を下げると、執務室を後にした。


正直なことを言うと、生きた心地がしなかった。


とは言え…もしかしたら、悪事がバレてしまうのも時間の問題なのではないかとロバートは思った。

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