第6話*好きで悪役になった訳じゃない
躰を起こしてチラリとルイスの方に視線を向けると、彼はまだ眠っていた。
昼寝から先に目を覚ましたのは私の方だったみたいだ。
ルイスをもう少し寝かせてあげようと思った私はベッドから降りると、彼を起こさないように気をつけながらカバンから便せんとペンを取り出した。
窓際にあるテーブル席に行くと、椅子に座った。
さて、両親と使用人の皆さんに手紙を書きましょう。
最初の国『コハマーナ』でルイスと出会ったこと、その国で毎年行われている『花祭り』に参加したこと、ルイスと一緒に旅をすることにしたこと、今は『オカオサ』と言う国にいて観光を楽しんでいること…を、全て手紙に書いた。
「ーーよし、こんなところかな」
全ての封筒に宛先を書いて、先ほど書いたばかりの手紙を畳んで封筒の中に入れた。
後は切手を貼って投函したら終わりだ。
久しぶりに文字を書いたなあと思いながら両腕をあげて伸びをしていたら、
「ーーおはよう、スザンナ」
と、ルイスは目を覚ましたようだった。
「おはよう、ルイス…って、朝じゃないけどね」
そう言った後で窓の外に視線を向けたら、太陽が沈んでいるところだった。
「あー、よく寝たな」
ルイスは大きなあくびをしながら躰を起こした。
「スザンナ、君は何をしていたんだい?」
「両親と使用人の皆さんに手紙を書いてたところよ。
旅に出る前に彼らに手紙を書く約束をしていたし、もうそろそろ送ろうかなと思って」
ルイスの質問に答えたら、
「ああ、それはいいね」
と、彼は返事をした。
「後は切手を貼って投函するだけよ」
私がそう言い終えたのと同時にお腹がグーッと鳴った。
私たちはお互いの顔を見あわせると、プッと吹き出した後で一緒に笑いあった。
「お腹が空いたね、どこかへ食べに行こうか?」
そう声をかけてきたルイスに、
「うん、そうだね」
と、私は返事をすると椅子から腰をあげた。
ルイスと一緒に宿を出ると、
「夜の7時半から『デロリアン』の舞台が始まりまーす!」
「チケットを売ってまーす!」
「欲しい人は買ってくださーい!」
と、チケットを手売りしている人たちがいた。
「せっかくだし、買おうか?」
「うん、買おう買おう!」
まさかのタイミングであの『デロリアン』のチケットを購入できるとは思ってもみなかった!
私たちはチケットを購入すると、最初に視界に入った鉄板料理店で食事をすることにした。
「『デロリアン』の舞台、楽しみだね」
「早く見たいね」
いよいよ、あの夢見ていた劇団『デロリアン』の公演を見ることができるのだと思ったら楽しみで仕方がなかった。
食事を済ませて店を後にした私たちは公演会場の方へと足を向かわせた。
さすが大人気劇団である、会場は満席だった。
「やっぱり、すごいね」
「うん、すごいね」
チケットに書いてある座席に腰を下ろすと、公演が始まるのを待った。
「間もなく、公演が始まります」
そんなアナウンスが聞こえたのと同時に会場の照明は落とされて、舞台の赤い幕がゆっくりとあがった。
話の内容は、ある国の王子と酒場で働いている娘の純愛物語だった。
お忍びで街を散策していた王子は何となく立ち寄った酒場で店主をしている娘と出会って恋に落ちる…けれど、お互いの身分差と王子の婚約者が彼らの関係の邪魔をすることになる。
娘の存在が邪魔で仕方がない婚約者は彼女と店に嫌がらせをして客足を遠のかせたり、店の取引先に圧力をかけて取引を停止にしたり中止に追い込んだりと、さまざまな手を尽くして娘と王子との仲を引き裂こうとする。
ある日、娘の父親が度重なる嫌がらせに心を病んで急病で倒れてしまった。
それを聞きつけた婚約者は金を出す代わりに金輪際王子に関わるな王子の前から姿を消せと条件を出した。
娘は病に侵されてしまった父親を助けるために泣く泣くその条件を受け入れて愛する人の前から姿を消すことを決意した。
場面は変わって婚約パーティーになる。
この日のために用意した美しいドレスと宝石を身にまとっている婚約者は招待客たちからの視線を独り占めしていた…のだが、会場に現れた王子が美しく着飾っている女性をエスコートしていたことに驚愕する。
その女性の正体は、あの娘だった。
王子は自分の前から突然姿を消した彼女を探し出して全ての事情を知ったのだ。
驚愕している婚約者に向かって王子は彼女との婚約破棄を発表、招待客たちの前で娘に行ってきた悪事を全て暴露する。
婚約破棄を言い渡された婚約者は会場を追い出されてしまったうえに国からも追放されてしまった。
王子は娘と結婚、身分差を乗り越えた彼らは幸せに暮らした…と言う話だった。
ーー前世の私だったら、純粋に王道中の王道であるこの話をを楽しむことができたんだろうな…。
それなのに楽しむことができなくなってしまったのは、悪役側の気持ちを知ってしまったからである。
婚約者である彼女も幼い頃から厳し過ぎる教育と血の滲むような努力をして今まで頑張ってきたはずだ。
頼れる大人たちもいない、自分の周りに寄ってくる人は肩書きでしか見てくれない人たちなので実質的に友達もいない。
婚約者である王子が自分以外の女性と恋に落ちてしまったことが原因で、幼い頃からの努力が水の泡になってしまうことに耐えられなくなってしまったのだ。
周りの観客たちは婚約者が娘にする嫌がらせに憤りを感じていたみたいだけれど、悪役の気持ちを知っている私はそう感じることはできなかった。
ーー彼女は、好きで悪役になった訳じゃないんだよ。
周りに向かって言うことができたら、どんなに楽なんだろうかと思いながら舞台を最後まで見たのだった。
舞台が終わって会場を後にすると、
「おもしろかったね、さすが大人気の劇団だなって思ったよ」
と、ルイスが声をかけてきた。
「うん、そうだね…」
宿へと向かう道のりを歩きながら、私はそう返事をすることしかできなかった。
「…もしかして、おもしろくなかった?」
私の様子に気づいたのだろう、ルイスが聞いてきた。
「おもしろかったと言えばおもしろかったけれど…」
「けれど?」
「婚約者がかわいそうだなって思ったの」
私は彼に向かって正直に感想を言った。
「彼女は別に悪役になりたくてなった訳じゃないのに…って、思ったんだ」
「なりたくてなった訳じゃない?」
「幼い頃から一切の遊びもさせてもらえない、友達もいない、頼れる大人もいない中で立派な妻になるために淑女になるために厳しい教育や血の滲むような努力をしてきたのに、その努力は報われないどころか結果的になかったことにされてしまった。
そう考えたら、私の子供時代を返せ今までの時間を全部返せってなるんじゃないかと思う。
彼女はその努力を無駄にしたくない報われない現実を受け止めたくなかったら悪役になっちゃったんだろうなって思う」
ルイスは何も言わなかった。
まあ、結局のところは個人の感想な訳だからどう思おうが関係ないってことなんだろうな。
そう思っていたら、
「スザンナの言う通りかもね」
と、ルイスは言った。
「えっ?」
思わず聞き返したら、
「悪役にだって悪役の事情がある訳なんだし、“悪い”とそう簡単に決めつけるのはよくないことだよね」
と、ルイスは答えた。
「君の感想を聞いて物語を違う視点で見ることができたり、メインじゃなくて悪役の気持ちを考えて寄り添えることができるのはいいことだと僕は思うよ」
「ルイス…」
ルイスは微笑むと、
「スザンナともっと一緒にいたいと思ったし、スザンナのことをもっと知りたいって思ったよ」
と、そんなことを言ってきた。
「えっ…?」
それって、どう言う意味なの?
ルイスがそれ以上は答えないと言うように先を歩いたので、
「あっ…ちょっと待ってよ!」
私は彼の後を追った。
もっと一緒にいたいとかもっと知りたいって…いや、そんな訳なのよね?
私が珍しいことを言ったからそう思った…って言うのが理由だよね?
ルイスが何を思って、どうしてそんなことを言ったのか気になって仕方がなかった。
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