第5話*食と演劇の国

『コハマーナ』に滞在して1週間が経った。


「あーあ、『花祭り』で運命の人に出会うこともなければ見つかることもなかったな…」


駅のホームで列車を待ちながら私は呟いた。


椅子に座ってプラプラと足を動かしている私のその姿に隣に座っているルイスは苦笑いをした。


「今年は縁がなかったけれど、来年は縁があるかも知れないよ?


それに…」


「それに?」


「運命の人が『コハマーナ』に絶対にいるとは限らないじゃないか」


ルイスは言った。


「そっか、もしかしたら次に行く国にいる可能性もあるよね?」


そう言った私に、

「そう言うことだよ」

と、ルイスは返事をした。


「よーし、次の国で運命の人を探すぞー!」


「はい、頑張ってー」


拳を高くあげた私にルイスは言った。


「それで次に行く国はどこなんだっけ?」


ルイスが聞いてきたので、

「次は『オカオサ』って言う国に行くの。


演劇集団の『デロリアン』が滞在しているんだって!」

と、私は答えた。


「食と演劇の国で有名なあの『オカオサ』だね!


『デロリアン』は僕も見たいと思っていたんだ!」


「フフフッ、楽しみだね!」


ルイスと一緒にそんなことを言いあっていたら列車がホームにきた。


目的地の『オカオサ』に到着して駅を出た私たちを迎えてくれたのは、香ばしいソースの匂いだった。


「すっごーい、あっちにもこっちにも食べ物屋さんがいっぱいある!」


「『オカオサ』は粉物料理が特に有名で、ほとんどの飲食店は基本的に粉物料理の店が多いそうだよ」


「ルイス、よく知ってるね」


ルイスの知識に感心していたら、お腹がグーッと鳴った。


「どこかで食べようか?」


「賛成」


私たちはいくつか店先を見て回ると、串揚げ料理の店に足を踏み入れた。


「“ソースは2度漬け禁止”だって書いてあるね」


壁に書いてある貼り紙を見て読んだルイスに、

「ホントだね」

と、私は返事をした。


私が前世で訪れたことがある店でも“2度漬け禁止”のルールが書いてある貼り紙を見たことがあったな…と、そんな懐かしい記憶を思い出した。


「何を食べようか?」


「うーん、そうだね…」


ルイスと一緒に向かいあってメニュー表を覗き込んだ。


店員を呼ぶと、飲み物とこの店で人気のメニューが5点入っている串揚げセット、焼きおむすびとフライドポテトを注文した。


物語の世界に転生したはずなのに食べ物とか飲み物はかつて前世で住んでいた世界と特に変わりはないんだな。


「早く食べたいね」


「そうだね」


ルイスとそんなことを言いあっていたら、

「今夜の『デロリアン』の公演、楽しみだな」

と、隣のテーブル席から会話が聞こえてきた。


どうやら彼らも『デロリアン』の舞台を見に行くみたいだ。


人気の演劇集団だそうだから1回は見に行きたいんですよね、そうですよね、わかります。


私も『オカオサ』に滞在している間に『デロリアン』の公演を見れたらいいなあ。


心の中でそんなことを呟いていたら、

「僕たちも今夜の公演を見に行かないか?」

と、ルイスが声をかけてきた。


「いいね、行こうか」


ルイスも同じことを思っていたことが嬉しくて私は返事をした。


「はーっ、食べた食べた!」


お腹いっぱいになるまで串揚げ料理を楽しんだ私たちは店を後にした。


「滞在中にまた食べに行こうか」


「うん、そうだね。


串揚げ料理も美味しかったけれど、他の粉物料理も気になる」


お好み焼きとか広島焼きとかたこ焼きとか他の料理もたくさん食べたい!


「ハハハ、スザンナって結構食いしん坊なところがあるよね」


そう言ったルイスに、

「えっ、そうかな?」

と、私は思わず聞き返した。


確かに食べる量が増えたなと自分でも思う。


「食べること自体をとても楽しんでいる気がするよ」


ルイスは言った。


「楽しんでいる?」


それはどう言う意味なのだろうかと思いながら聞き返したら、

「キラキラと目を輝かせていたり、美味しそうに頬張っていたり、見ていてとても楽しそうだなって思ったよ」

と、ルイスは答えた。


「そうなんだ…」


自分ではよくわからないから何も言うことができないけれど、彼の目には私のことはそう言う風に映っているうえにそう思っているのだと言うことがわかった。


「ご飯も食べたし、今日泊まるところを探しに行こうか」


そう言ったルイスが歩き出したので、

「あっ、うん…」


私は返事をすると、彼の後を追った。


宿はすぐに見つかった。


「2人部屋だったね」


2つ並んでいるシングルベッドを見ながら私は言った。


「スザンナは窓際と廊下側のどっちにする?」


ルイスが聞いてきたので、

「うーん、窓際の方にしようかな」


私が答えたのを確認すると、ルイスは廊下側のベッドに腰を下ろした。


「それ!」


ベッドのうえに向かってダイブをすると、フカフカだった。


昨日までソファーで寝ていたからフカフカのベッドはとても久しぶりだ。


「あー、眠い」


そう言ったルイスの方に視線を向けると、彼もベッドのうえで横になっていた。


食後だからと言うこともあってか、無事に宿を見つけることができた安心感からか、久しぶりのベッドだからか…何だか私も眠くなってきた。


「ルイス、ちょっとの間だけ寝ようか?」


そう声をかけた私に、

「それはいいね、おやすみ」

と、ルイスは返事をした。


すぐに寝息が返ってきたので、彼が眠ったことがわかった。


少し前までは考えられなかった日々だ。


厳し過ぎる妃教育、分刻みのスケジュール、地獄のお茶会と常に時間に追われていた日々とは違い過ぎるくらいに穏やかだ。


「ゆっくりと美味しいご飯を味わって食べたり、食べた後にフカフカのベッドのうえで昼寝をするのは結構幸せなことだったんだな」


こんな幸せな日々が続けばいいのにな…なーんて。


そうだ、アーロンとエリーゼはどうなったんだろうな。


まあ、悪役令嬢である私は追放された訳なんだし、彼らは物語の通りに結婚して仲良く幸せに暮らしている…って言うところなんだろうな、私が気にかける必要なんてないか。


私は私でこうして追放後の生活を楽しんでいる訳だから…そうだ、両親と使用人たちにそろそろ手紙を書かないとな、私がどうなっているのか心配していると思うから後で手紙を書いて出さないとな。


昼寝から覚めたらすぐに手紙を書くことにするか…と頭の中で呟きながら、私は目を閉じたのだった。

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