第1.5話*ある王子とあるメイドの企み
その日の夜、キングサイズの大きなベッドでシーツを身に着けているだけの状態である2人の男女が横になっていた。
「まさかこれほどまでにうまく行くとは思ってもみなかったな」
「ホント、こんなにも簡単に信じちゃうなんてねぇ」
彼らはお互いの顔を見あわせると、ククッと一緒になって笑いあった。
「だけど、スザンナのヤツが婚約破棄と国外追放のことを知っていたのは意外だったな。
わがままなだけしか取り柄がないバカかと思ってたけど」
「もう、あの令嬢の話をしないでちょうだい」
女がプクッと頬をふくらませながら言ったら、
「ああ、すまなかったなーーエリーゼ」
と、男ーーアーロンはエリーゼの額に唇を落とした。
*
親が勝手に決めつけてきた婚約とその婚約者であるスザンナに嫌気が差していた時に出会ったのは、メイドとして城にやってきたエリーゼだった。
赤茶色のゆるくウェーブがかかっている髪に、くりっとしている大きな目、キスしたくなるようなピンク色の唇…と、婚約者のスザンナとは何もかもが正反対過ぎる容姿にアーロンは自分が恋に落ちたのを感じた。
生まれながらの公爵令嬢であるスザンナとは違って平民育ちであるエリーゼと過ごしていくうちに、アーロンはいつしか彼女と一緒にいたいと思うようになっていた。
「いいじゃん、告っちゃいないよ」
幼なじみで騎士団長のジェームズにエリーゼのことを相談すると、そんな返事が返ってきたので驚いた。
「だってアーロンが好きになった相手なんだろ?
だったら告っちまえよ!」
ジェームズは肘で脇腹をつつきながら、それはそれは楽しそうに言った。
アーロンが勇気を出してエリーゼに告白をすると、
「私もアーロン様と同じ気持ちでした」
と、返事が返ってきた。
「アーロン様をひと目見たときからお慕いしておりました」
まさかの同じ気持ちだったことに驚いたが、アーロンは嬉しくて仕方がなかった。
ジェームズと執事のロバートにアリバイ工作をしてもらいながら、アーロンは密かにエリーゼとの逢瀬を重ねた。
「私、アーロン様と結婚したいです」
ベッドで過ごしていたある日のこと、エリーゼは言った。
「俺もできることならばエリーゼと結婚したいよ」
そう言ったアーロンだったが頭の中に浮かんだのはスザンナだった。
「だけども、スザンナが邪魔で仕方がないんだよな…どうやったらあの女と婚約破棄ができるんだろうな…」
そう呟いたアーロンにエリーゼも同じことを考えていたのか、嫌そうな顔をした。
その翌日に自分たちの関係を知っているジェームズとロバートも呼んで、どうやったらスザンナと婚約破棄をできるのかどうか考えた。
「王妃の座しか頭にないようなあの女を追い出す方法か…」
「それはとても難しいお話ですね…」
ジェームズもロバートもどうしたもんじゃろか…と腕を組んで考えた。
「そうだ!」
ジェームズはポンと手をたたいた。
「何だ、思いついたのか?」
そう急かしてきたアーロンに、
「あの女に関する噂を流すんだよ!」
と、ジェームズは言い返した。
「噂?
どんな噂を流すと言うのですか?」
ロバートは聞き返した。
「そうだな…公爵令嬢のスザンナがメイドのエリーゼをいじめていると言う噂を流すんだよ!」
ジェームズは言った。
「なるほど、それはいい考えだ!
平民育ちの彼女を目の敵にして、ことあるごとに嫌がらせを行っている…うん、これで行こう!
あの女がいじめをしていると言う噂が流れたら父上の耳に入るはず、そして父上に噂は本当だと言うことや目撃証言を出したら婚約破棄を許してくれるはずだ!
ジェームズ、よく思いついたぞ!」
「なーに、幼なじみなんだから水臭いことを言うなよ!
俺はお前とエリーゼ嬢が幸せになってくれたらそれでいいんだから!」
「同感です、そうと決まれば早速行動に移しましょう!」
ジェームズとロバートのおかげで、噂はあっと言う間に広まった。
エリーゼのことを“ダメメイド”と罵った、エリーゼの顔に熱々の紅茶をぶっかけた、取り巻きたちと一緒になってエリーゼをいじめた…と、何の根拠もなければ証拠もない噂が出回っていた。
そのせいもあってかエリーゼには同情の目を、スザンナには敵意を周りは向けるようになっていた。
このことは父親の耳にも入ったようで、アーロンはすぐに呼び出された。
「アーロン、国中にスザンナ嬢が使用人のエリーゼ殿にいじめを行っていると言う噂が流れているそうだが本当なのか?」
「はい、事実のようです。
ロバートもその現場を目の当たりにしたそうで、彼が止めに入ったのにスザンナ嬢はやめるどころか逆上を…」
「それはそれは…」
父親は信じられないと言った顔をして呟いた。
「父上、私はスザンナ嬢との婚約破棄を考えております。
彼女はこの国…いや、人としての風上にも置けない人間だと感じております。
平民を、ましてや1人の人間をいじめるなんて…彼女の婚約者として、私はとても恥ずかしいです」
そんな父親に向かってアーロンは言った。
(さあ、早くうなずけ!)
しかし、父親は躊躇っているようだった。
スザンナは友人の娘でもあるため、そんなことはできないと言った様子だ。
アーロンは口を開くと、
「父上、もしこのことが他の国に出てしまったら大変なことになります。
国のイメージを損なうのはもちろんのこと、平気で人をいじめるような人間と結婚したとなれば王族のイメージも損なううえに周囲も黙っていないことでしょう。
一刻も早くスザンナ嬢に婚約破棄を、国外追放を申しつけた方がいいと私は考えております」
と、父親に向かって言った。
王族故のことか、父親は世間体にとても弱い。
(さすがに国とか王族とかを出されたらそうはいかないよな…?)
父親はゆっくりと口を開くと、
「わかった、許可しよう」
と、言った。
(やった!)
アーロンはにやけそうになるのをこらえながら、
「ありがとうございました、婚約破棄と国外追放の件は私から彼女に伝えます」
と、頭を下げたのだった。
すぐにエリーゼとジェームズとロバートを呼んで作戦はうまく行ったことを伝えた。
「私、アーロン様と一緒にいてもいいのですね!」
両手をあわせて大喜びをしたエリーゼに、
「ああ、俺たちはずっと一緒だ!
スザンナと婚約破棄をしたら、すぐに父上に君と婚約することを伝えよう!」
と、アーロンは言った。
「アーロン、よくやったな!」
肩をたたいてきたジェームズに、
「ああ、これもジェームズとロバートのおかげだ!
君たちが協力をしてくれたおかげでうまく行ったよ!」
と、アーロンはジェームズとロバートに労いの言葉をかけたのだった。
その数日後にスザンナを部屋に呼び出して婚約破棄と国外追放を伝えた…のだが、彼女は何故か嬉しそうだった。
「ありがとうございます!」
大きな声を出して元気よくお礼を言って頭を下げたかと思ったら、
「このスザンナ、婚約破棄と国外追放をありがたく受け入れました!
お国の繁栄と幸福を心の底から願います!
どうか末永く、お幸せに暮らしてくださいませ!」
と、言ってきた。
頭をあげた彼女の顔は今まで見たことがないくらいにとても晴れ晴れとしていた。
「それでは皆様、ご機嫌よう!」
スザンナは最後まで元気よかった。
まるで嵐のように部屋を出て行った彼女に彼らはお互いの顔を見あわせた。
「スザンナって、あんなヤツだったか…?」
「そもそも、何で婚約破棄と国外追放のことを知ってたんだ…?」
「あんなにも生き生きとした顔を見たのは初めてですね…」
「令嬢って、ホントに訳がわからないわ…」
*
結果はどうであれ、スザンナと婚約破棄をして彼女を国から追い出すことに成功した。
「エリーゼ、これからはずっと一緒だ」
「嬉しい、アーロン様」
2人はフフッと笑いあいながら唇を重ねた。
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