第21話 そういえば配信なんてありましたね

 しばらくして———。



 無事、何事もなく上層へと戻ってきた俺たちは、道中で出会った探索者たちに警告しつつ、管理局のロビーへと転移した。



 ロビーはいつにもまして人が多い。



 ざわめきの中、人混みをかき分けるように老齢の男がこちらへ真っすぐ向かってくる。



「あら、局長さん。今伺おうかと思ってたんですけど」


「かまわんよ、階層無視の件については配信で把握している。既にメナスのドローンを数機、中層へと向かわせた」


「そうですか……良かった」


「篠原夫妻の配信のおかげで見ての通り、今日は探索を中止する者が多い」


「ああ、そういえばありましたね、配信」



 意識する場面がなかったせいで、すっかり忘れていた。



 現在のロビーの人だかりは、篠原ご夫婦の配信を見て探索を取りやめた人たちの集団というわけか。



 やはり、第一等探索者の影響力は凄まじい。



「アリスちゃんも麗香ちゃんも、そういえば今日は配信付けてなかったわね?なにか理由があったの?」


「「あ゛」」



 そう言われて、俺と麗香さんが鈍い声を上げる。



 今回の探索で配信をしていなかったのは、俺の技術を伝授するにあたって、やはり商売道具を大っぴらに晒すような真似はできないという麗香さんの配慮が一つ。



 もう一つはアリスさんと、麗香さんという眉目麗しい女性の間に俺という異物が挟まることで、彼女達の視聴者層にどんなやっかみをもらうか予想しきれなかったからである。






————探索前。



「やはり、今回は配信は切っておいたほうが良いと思いますわ」


「え?配信切るの?楽しいのに……」


「あのですね、アリスさんは総司さんに教えを乞うものとして自覚がありまして?何度も言いますが、総司さんにとって商売道具魔法にも等しい技術をご教示いただくんですから、最低限こちらも配慮というものをすべきですわ」


「……俺もできれば切っていただきたいですね」


「むぅ、総司君はそういうの気にしないって言ってなかった?」


「いえ、まあ教えることには抵抗はないんですけど……その」



 言いよどむ俺に二人が小首をかしげる。



「お二人の配信にぽっと出の俺が映ると……ちょ~っとまずいことになりそうな気がしてですね……」


「あー……」


「……?」



 麗香さんはどこか納得した声を上げる一方で、アリスさんはよくわかっていないようだ。



 そこで、アリスさんへの説明もかねて、麗香さんが口を開く。



「よろしくてアリスさん。自慢ではありませんが、私たちの配信は日本ではトップクラスの同接数を誇ります」


「……どれくらいだっけ?」


「……平均して40万程度ですわ」



 平均40万人……それだけの人たちが、彼女たちの同行に注目しているという事実に、改めて背筋が伸びる思いがした。



 さらに、配信以外のアーカイブへの接続を含めれば、その数は何十倍にも膨れ上がる。



 第一等探索者というネームバリュー、そしてメナスによる配信の同時翻訳機能。これらも相まって、彼女たちの人気は国内外問わず凄まじい。



 もちろん第一等探索者として、他の配信では見られないモンスターとの戦闘や、強力な魔法といった実力を求めて視聴する者は多いが、その一方で……。



「……自分で言うのも何ですが、中にはわたくしたちの容姿を目当てに配信を見ている人間もいるんですの」



 その中でも所謂ガチ恋勢、という奴だ。



 ダンジョン系に限らず、この手の界隈では珍しくもない存在だが、中でも一部の過激な人間は、配信者に異性の影がちらついただけでも激昂し、プライベートにまで干渉しようとしてくる有様だ。



 特に、彼女たちのような容姿端麗な配信者なら、なおさらだろう。



「……下手に総司さんを配信に映せば、あらぬ誤解を招きかねない……というわけですわね」


「君に迷惑はかけたくないし、そういう事なら仕方ないね」


「………ダンジョン内で闇討ちとか、絶対ごめんですからね」


「……無い、とは言い切れないところが怖いですわね」









「————っていう感じで、配信を切っていたんですけど……」


「あー……ごめんなさいねぇ……ばっちり映っちゃった」


 てへっ、と頭を傾けてお茶目に告げるあかりさんに、俺と麗香さんは膝をつき崩れ落ちた。



 そこでふと自分たちが視線を集めていることに気が付き、そっと周囲に目をやってみる。



 ほとんどは、第一等探索者が三人もそろっていることに対しての好奇の視線だが、その中にちらほらと肌を刺すような敵意にも似たものを感じた。



 警戒するように周囲を確認していた俺の視界を遮るように、麗香さんが前に立って、周囲ににらみを利かせる。



「見世物ではなくってよ、用がなければ散りなさいな」



 それと同時に、嫌な視線が霧散していく。ふわりと揺れるドレスと髪のせいか、その背中はどこか大きく見えた。



「……あ、ありがとうございます」


「大人として、当然のことをしたまでですわ」



 少し誇らしげにそう言った麗香さんに、思わず尊敬の念を抱いてしまう。



 そんな中、あかりさんがこっそり近寄ってきて、なんとなしに呟いた。



「やっぱり、麗香ちゃんが本命?」


「ちょっと!あかりさん!?」


「その話まだ続けるんですか?」


「ええ!だってだって気になるんですもの!今の感じ何よ!?総司ちゃん落ちたわよ絶対!ねぇ、どう?総司ちゃん、落ちた?」


「落ちるって何ですの。落ちるって」


 顔を真っ赤にしてたじろぐ麗香さんを見たら、少しからかってみたくなった。


「うーん、今のは落ちちゃいましたねぇ」


「きゃ~!!やっぱりそうだわ!!いけないんだ~麗香ちゃん。年下の男の子誑かしちゃってぇ!」


「は、はぁっ!?じ、冗談、冗談に決まってますわ!?」


「面白そうな話をしているね、ボクも混ぜておくれよ」


「アリスさん!ややこしくなるから今は——」


「アリスちゃんもなの!?三角関係的な!?やっぱり爛れた関係なのね!!いたいけな少年と二人の女……捻じれに捻じれた関係の先に今、一夏の危険な恋アバンチュールが、始まる……」


「始まるかぁ!!ほら見たことか!!この暴走機関車に燃料を投下するような真似しねえでくださいまし!!」




魔戦姫エーデルリッターが男囲ってるぞ」

「やっぱりあの噂本当だったんだ」

「噂って?」

「魔戦姫が年下の男で光源氏計画を立ててるって」




「はいそこ!!その噂の出どころを詳しく!!とっちめてやりますわ!!」



 麗香さんがあらぬ噂を吹聴する周囲の探索者に食って掛かろうとしたその時。



 ロビーにメナスの声が響き渡る。





『東京ダンジョンのすべての探索者に警告。第四十層にて、黒龍の出現を確認———中層域を探索中の皆様におかれましては、速やかに上層への避難を推奨します。』

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