第22話 騒乱前夜
『東京ダンジョンのすべての探索者に警告。第四十層にて、黒龍の出現を確認———中層域を探索中の皆様におかれましては、速やかに上層への避難を推奨します。』
「——出たな」
ロビーの天井スピーカーから響き渡る、メナスによる緊迫した警報。その音声が途切れた直後、宗一郎さんが低く、どこか怒気を含んだような声でそう呟いた。
その鋭い眼差しは、まるで階層の奥、四十層の闇を睨みつけているかのようだった。彼のその目に宿る光は、明らかにただごとではない気配を物語っている。
すぐそばに控えていたドローンが反応を示す。
『4機の筐体を四十層へ向かわせましたが、階層内でロスト。最後に確認された魔力反応から、対象は黒龍と断定されます』
「そうか……状況はどうだ?」
宗一郎さんは短く問う。声は冷静だったが、どこか張りつめたものが混じっている。彼のような老傑が、これほど露骨に緊張した様子を見せるのは珍しい。
『現在、探索者に怪我人等の被害は発生しておりません。黒龍は四十層で監境種を捕食。その後、三十九層へと移動を開始しております』
「……まだ上がってくるつもりか!このままでは危険だ。警戒レベルを引き上げろ!探索者を全員ダンジョンから退避させるぞ!……強制チャンネルに放送を繋げ!」
宗一郎さんが一段と語気を強めてメナスに命じた。怒鳴るような声ではなかったが、その命令には余裕はなさそうだ。
直後、この場にいた全ての探索者のドローンから一斉に大きなビープ音が鳴り響く。空間全体が電子音に包まれ、次いで、緊急放送が流れ始めた。
『東京ダンジョンにいるすべての探索者に告げる!これよりダンジョンの一時閉鎖作業を開始する!至急、探索を中止し、ただちに帰還せよ!これは強制命令である!従わない者は拘束の対象になる!繰り返す——』
音声が何度も繰り返される中、ロビーは一瞬の静寂を挟んで、怒涛の騒ぎに包まれた。
上層に留まっていた者たちを含め、多くの探索者がその場でざわめき、動揺を隠しきれずにいる。中には抗議の声を上げる者や、ドローンに詰め寄る者の姿も見えた。
まさか、ここまで徹底的に探索を止められるとは思っていなかったのだろう。今日一日分の収益を失うことへの焦り、そして、黒龍という名前への本能的な恐怖が、ロビー中を覆っていた。
「今日はもう、帰ったほうが良さそうですわね」
騒然とする中、麗香さんが肩をすくめてぽつりと呟いた。
「みたいだね」
隣でアリスさんも、やや残念そうに言葉を添える。
俺はというと、まだ事態をうまく飲み込めていなかった。
「……あそこまでするものなんですね」
思わず、口をついて出た言葉だった。
それに答えたのは、あかりさんだった。目を細め、どこか過去を思い出すような調子で語る。
「……そうねぇ。今までで一番上がってきたときは、たしか二十八層まで来てたみたいだから」
「二十八……!?」
それはもう中層の最上部に迫る勢いだ。もしそれ以上進行されたら、どれだけの被害が出ていたか。管理局の焦りようを見るに、その段階でもそれなりの被害はあったのだろう。
「異層干渉っていうのは基本的に中層までで止まるって言われてるけど、保証なんてどこにもないのよ。未知の存在に対して“ここまでは安全”なんて、勝手な希望でしかないわ」
あかりさんの声には苦さがにじんでいた。おそらく、過去にも似たような事例を何度も見てきたのだろう。
「……だから、管理局としては、危ない橋はとことん叩いて壊した後に建て直す、ってところかしら。誰も死なせたくないのよ」
「……管理局も大変ですね」
俺がそう言うと、あかりさんは肩をすくめた。
「まあね。でも、それがあの人たちの仕事だから。心配しなくても、すぐに騒動は収まるわよ」
ロビーのざわめきは、まだ収まりそうにない。
「さ、ダンジョンの事は管理局に丸投げして、私達はご飯にでも行きましょ!この様子だと早いとこ行かないと近くのお店は埋まっちゃうわ!」
気を取り直して明るく言ったあかりさんに連れられ、ちょっと高級な焼肉を堪能して、その日は解散した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます