第16話 イノシシ

「……それで、何か申し開きはありますの?」



 演習場の片隅。正座をさせられた有栖川さんに、九条院さんが般若のごとき形相で詰問する。



 有栖川さんはしゅんと肩をすくめて、まるで雷に打たれた猫のように縮こまりながら、何度も頭を下げていた。



「ありません……すみませんでした……」



 蚊の鳴くような声でか細く謝るその姿に、九条院さんはさらに冷たい一言を浴びせかける。



「謝る相手が違うのではなくって?」



 その鋭さにビクリと肩を跳ねさせた有栖川さんは、渋々と立ち上がると、重たい足取りで俺の前まで歩いてきた。



 そして、深々と頭を下げる。



「つい、熱くなってしまった……誓って君を害そうという意思はなかったんだ……本当に、申し訳ないことをした」


「”つい”の範疇を超えていましたけれどね……」



 九条院さんが横からピシャリと釘を刺す。その様子に、俺は苦笑して首を振った。



「いえ、結局怪我もしていませんし、むしろ……」



 ――あの技を、斬ってみたかった。



 その想いが喉までせり上がったが、口には出さずに飲み込んだ。



「むしろ、本気で戦ってもらえて嬉しかったですよ……」



 俺の言葉に、有栖川さんはハッとしたように顔を上げた。



 その目は、どこか吹っ切れたように澄んでいた。



「本気、か……そうだね……最後のあの瞬間、ボクは確かに本気になった」



 噛みしめるように言葉を紡ぎながら、少し目を伏せて続ける。



「侮っているつもりはないと最初に言ったけど……あの言葉は本心でもあり、同時に嘘だった。ボクは、君を――いや、君の剣を、どこかで侮っていた」



 彼女の声には悔しさが滲んでいた。自分の中にあった慢心を認める、その誠実さが伝わってくる。



「実際に戦ってみて、よく分かったよ。悔しいけど、たとえ【纏】がなくても……剣の打ち合いでボクは君に勝てない。剣術において、君とボクとでは比べるのもおこがましいほどの差がある」


「“剣聖”にそこまで言ってもらえるなんて、光栄ですね」



 少し肩をすくめて、皮肉めかして返す。



 だが、有栖川さんはむしろそれを受け止めるように微笑んだ。



「よしてくれ。最近、その二つ名も恥ずかしいと思ってるんだ。……“剣聖”という名は、君のほうが相応しいよ」


「いやー、剣聖なんて名乗れるような綺麗な剣じゃないんで。遠慮しときます」


「そうかい? ならばこの名に恥じぬように、これからは剣の振り方も勉強しなくちゃだ……良ければ、君に教えてほしい」


「俺の刀とその剣じゃ勝手が違いますけど……それでも参考になるなら」



 そう言うと、有栖川さんの顔が一気にぱぁっと華やいだ。



 満開の花のような笑顔を浮かべて、弾丸のような勢いで詰め寄ってくる。



「それで構わないとも! 君に聞きたいことはいくつも……いや、師匠と呼んだほうが良いのかな?」


「……年上の第一等に“師匠”なんて呼ばせてたら、さすがに悪目立ちしそうなんで。普通に名前で呼んでもらえると……」



 というか、冗談でも勘弁してくれ、そんなことしたら好奇の視線を集めるに決まっている。



 登録して数日の17歳が、21歳の第一等探索者の師匠とか、どんな因縁つけられるか分かったもんじゃない。



「じゃあ、総司君と呼ばせてもらうね! あ、ボクのことはアリスって呼んで! 昔の友達はそう呼んでたんだ。まずは落ち着いて話せる場所に移動しよう。あ、ちょうど昼時だし、昼食も兼ねて個室のあるレストランなんてどうかな? いい店を知ってるんだ、それから――」


「止まんねぇなこの人!」



 止まる気配ゼロのマシンガントーク。頭の中で言葉を処理している間に、もう次の話題が3つ先まで走っている。



「はいはい、アリスさん、お待ちになって。久住さんが困っていらっしゃいますわ。嬉しいのは理解しますけれど、距離の詰め方が下っ手くそ過ぎでしてよ」



 九条院さんがスッと横から割って入り、扇子でアリスの額を軽くコツンと突く。



「はぁ……久住さんもお察しかもしれませんが、アリスさんは昔っからこんな感じのイノシシみたいな方なので、お付き合いしていくのは本当に……ええ、本っ当に! 苦労しますので、そのつもりで……」

 


 ため息をついて額を抑えながら俺にそう零した九条院さん。有栖川さんに向けられたその視線からは呆れの感情が読み取れるが、どこか娘を見守る母親のような慈愛を感じさせる。



「ええっ!? お付き合いだなんて、そんな……そ、そういうのはもっと仲を深めて、人となりを知ってからじゃないと……!」


の話ですわ!! 未成年相手に何盛ってやがりますの……犯罪ですわよ」


「わ、分かってたもん!! じょ、冗談だから!」


「……17歳が相手だと、冗談に聞こえませんわよ……」


「……は、はは」



 乾いた笑みが零れる。


 俺はどう反応するのが正解なのか…… 



「まあ、色々脱線しましたが、改めてよろしくお願いしますわ……

あ、わたくしも麗香、で構いませんわ」



 九条院さんは、顔を赤くして詰め寄る有栖川さんをひょいと躱して、最初に会った時と同じく、ドレスのひらひらとしたロングスカートの裾をつまんで、いやいやしく一礼した。



 有栖川奈央。改め、アリスさん。


 クールな人という印象だったが、思っていた以上にハチャメチャな人だったかもしれない。



 そしてお労しや、九条院麗香。


 2125年の現代日本でお嬢様口調のヤバい人かと思ったがその実、麗香さんは今まで出会ってきた誰よりも常識人で、苦労人だった。

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