第15話 剣狂い

 所変わって演習場。



 ダンジョン管理局に隣接する、探索者の訓練用施設だ。



 その中でも特に広大な、百メートル四方のこの部屋は、ダンジョン産の鉱石をふんだんに用いて造られており、一等探索者の強力な魔法にも耐えうる耐久性を誇っている。


 

「は~い、それじゃあ手続きは済みましたけど~大怪我を負うような攻撃は禁止ですからね~」


 

 軽い笑みと共にそう釘を刺した泉さんは、ひらひらと手を振って管理局の方へと戻っていった。



 扉が閉まると同時に、空間に静けさが降りる。


 

「それじゃあ、まずはボクから……」


「……では、わたくしが審判を」


 

 有栖川さんは俺の対角線上に、九条院さんは二人の間を取るように立つ。

 


「お二人とも、準備はよろしくて?」


「ボクは大丈夫」


「俺も、いつでも」


 


「では、双方尋常に……始め!」



 九条院さんが叫ぶように言い放ち、掲げた手を振り下ろす。開始の合図と同時に、俺はいつものように【纏】で、全身へ魔力を馴染ませていく。



「……【纏】」


「それが……うん、さっきまでとは魔力の密度が段違いだ」


 


 鞘に収めたままの愛刀の柄に手をかけ、一気に有栖川さんの背後へと回り込み、抜刀一閃。



 しかし、彼女は驚いたような顔を見せつつも、背中に剣を差し入れてそれを防いだ。



 だが驚いていたのは、こちらも同じだった。



 【纏】で強化されたこの一撃を、有栖川さんは片手の剣で受け止めている。まるで当然のように。



 これが、一等探索者。



 俺が魔力強化でようやく到達した膂力を、彼女は素の状態で凌駕している。


 


「……驚いた。侮っていたつもりはないけど、まさかここまでとは……」


「……難なく防いでおいて……へこみますね」


「これでも第1等だからね、簡単には負けてあげないつもりさ……」


 


————【光飾剣セレス】。


 


 有栖川さんの呟きと共に、銀色の剣が白い光に包まれて輝きを増す。


 


「やはり、その技術……【纏】、と言うんだっけ……凄まじいね。もちろんそこに至るまでの君の努力はあったんだろうけど、それを抜きにしても……探索者になって数日の人間に出せる膂力じゃない」


「……光栄ですね」


「……ああ、誇っていいよ。でもボクにもプライドってものがあるからね……少し本気で行くから……ねっ!」


 


 光を纏った剣が振るわれる。


 俺は反射的に受け止めようとしたが、迫る剣先に込められた魔力の気配を察知し、全力で回避に転じた。


 直後、空を切った剣先が床に触れる。硬い床が溶けるように裂けていった。


 その光景に、背筋がぞっとする。


 


「ふふふ、勘もいいんだね……受け止めなくて正解だったよ」


「九条院さーん!!この人ヤバい人です!!」


「…………はぁ」


「むっ……君には言われるのは心外だな」


 


 部屋の隅へと下がり、メナスと共に観戦していた九条院さんへ抗議の声を上げるも、あっさりとため息一つで受け流される。


 


「大丈夫、ちゃんと加減はするさ…【光飾剣】」


 


 詠唱の追加。魔法を重ねてかけることで、効果をさらに高める技法だという。



 今度はさらに強い輝きを纏った剣が、まっすぐに俺へと突き進んでくる。


 

 床を蹴って後方に退こうとした刹那、その剣が伸びて追いすがってきた。


 


「伸びるのかよッ!?」


「ハハッ、避けるだけじゃ勝負にならないよ!!」


 






「あぁあぁ、ムキになっちゃって……思ったより決着は早そうですわね」



 九条院麗香は、少し呆れたように呟く。


 確かに久住総司の使う【纏】は驚異的だ。探索者になって間もない十七歳の少年が、一等探索者である有栖川奈央に拮抗する力を見せるなど、常識ではあり得ない。



 近いうちに、彼が二等へ昇格することは間違いないだろう。



 だが、それだけで有栖川奈央を打ち倒せると考えるのは浅い。



 彼女は、単なる力だけで第一等探索者という席に座っているわけではない。ここに至るまでの経験こそが、彼女を第一等たらしめる要因であると、彼女を隣でずっと見てきた九条院麗香は考える。


 

 しかし……



『……九条院一等も、有栖川一等も勘違いをしています』


「?……勘違い、ですの?」


『貴女がたは、彼の持つ【纏】に注目されていますが、久住総司という人間の異常性の本質はそこにはありません』



 麗香が奈央を深く知るように、メナスもまた、25層までの短くも濃密な戦闘記録を通じて、総司という男の核を把握していた。


 

『久住総司の根本にあるのは、異常なまでの剣……いえ、刀への執着。彼はただ、あの刀をより強く、より速く振るい、美しく敵を斬り伏せる愛刀を眺めたい……という欲求を行動原理としています……故に』

 


 メナスに促されるように、麗香は再び戦いへと視線を向ける。



 縦に振り下ろされた光剣を、総司は横合いから刀を打ち込んで弾き飛ばしていた。


 

『こと刀という武器の扱いにおいて、現状探索者で彼の右に出る者はいない』


「……断言するのですね」


『世界中の探索者データと比較しましたので』


 




「やられてばかりじゃ恰好つかないもんですからね……【異剣・無形】!」


「……ック!……こ、の!」


 

 一心不乱に剣を振るう有栖川さんへ、鋭く肉薄する。



 【異剣・無形】という技の特性によって攻撃がなかなか命中せず、次第に彼女の表情が険しくなっていく。


 

 こういう風に言ってしまえば失礼かもしれないが、”剣聖”という二つ名を冠していながら、彼女の剣には理合がない。



 剣に振り回されているわけではない。



 だが、“斬る”というよりも“当てる”ことに偏ったその剣筋は、単調で見切りやすい。



 【光飾剣】という魔法に依存する戦い方が、その原因だろうか。


 

 彼女は言葉通り、確かに俺を侮ってはいなかった。



 魔法まで使って真剣に戦ってくれている。それは疑いようのない事実だ。


 

 だが、俺の剣術に対する認識は――



 甘いと言わざるを得ない。


 

 【纏】が全てと思っているようだが、それはあくまで“補助輪”に過ぎない。



 俺が思い描く“剣技”の完成形を支えるための、ただの土台にすぎない。






 そんなつもりはなかったのだろうが――俺の剣を舐めた代償は、高くつくぞ。


 


 再び大振りに振るわれた光剣を上方に弾き飛ばし、決着の合図として、刀を首筋へと添わせようとした――その瞬間。


 


「【光剣衝刃セレスティアル】!!」


 


 上へと掲げた剣が強烈に輝き、彼女の咆哮と共に振り下ろされる。



 天から地へ、大波のごとく奔る光の斬撃が、とっさに後方へ飛びのいた俺を飲み込もうと迫る。


 

 やばい、と本能が警鐘を鳴らす。


 

「ちょっ!?正気ですの!?」


 

 九条院さんの焦った声が響く。



 案の定、この魔法はどう考えても模擬戦で使っていい代物ではなかったらしい。



 有栖川さんもようやく我に返ったようで、青ざめた顔をこちらに向けていた。


 


 一か八か、全魔力を刀へと集中する。



 【纏】に使っていた分も含めてすべてだ。身体能力は通常の人間に戻ってしまうが――これは、そういう技だ。


 


「……【怪剣・だんが————!」


 


「【輝ける盾グランツシルト】!そこまで!!ですわ!!!」


 


 光の波濤に刀を振り下ろそうとした、その刹那。



 九条院さんの魔法か、黄金の光を放つ巨大な盾が俺の前に出現し、有栖川さんの斬撃を受け止めた。



「アリスさん!もう今日という今日は許しませんわよ!!そこになおりなさい!!」


 

 残念――あの光の波濤に俺の渾身の一太刀が通じるか、試してみたかったけど。



 今は、それどころではなさそうだ。

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