第2話 忙しいおばさん
ナナは困っていた。
街にある1番大きなお店に行ったのに、大さじだけを売っていなかった。中さじや小さじ、そんなものはいらない。ナナは、可愛いお洒落な大さじが1つ、欲しかった。
ココフのお茶を作る時に、楽しくなるような可愛い大さじ。お茶がハチミツ無しでも美味しくなっちゃうような気持ちになる、素敵な大さじ。考えるだけでナナは嬉しくなって、お家を飛び出したのに。大さじは、必ず中さじ、小さじと一緒じゃないと売っていないみたい。ひとまとめ買うお金がないわけじゃない。けれど、大さじだけが欲しい。
ナナは考えた。
ひとまとめ買って、他の人にあげようか。でもいるだろうか。中さじだけが欲しい人なんて。小さじだけが欲しい人なんて。それに、私が好きなおさじを選びたいもの。その人たちの好みまで考えていたら、好きな模様を選べないかもしれない。
「ちょっと、じゃまだよ。どいとくれ」
ハッと目を上げると、そこにはエプロンをして真っ赤な顔をした大きなおばさん。
「忙しいんだから。店の目の前にいたらみんなのじゃまだよ」
「あ、ごめんなさい」
ナナはさっと扉の横によけた。ふん!っと鼻から息を吐いておばさんはお店に入っていった。そしてしばらくすると、おばさんは買い物袋を抱えてお店から出てきた。
「なんだいあんた、まだそこにいたの?なんだかうかないね、どうしたんだい」
おばさんは覗き込むようにしてナナの顔を見た。ナナは、なんだかまだ同じ場所にいるのが申し訳なくなって、消え入りそうな小声で答えた。
「あの、大さじが無くて」
「大さじならほれこのお店にたくさんあるよ」
お店の方を手で指すおばさん。
「はい、でもあの、大さじだけが欲しくて……」
自分の言葉を聞きながら、自分がとてつもなくつまらないことで悩んでいる気がして俯くナナ。おばさんは口をパッと鳴らして頷いた。
「あら。そういうことかい。あんた時間はあるの?私は忙しいけれど」
「はい、大さじがないだけで時間はあります」
ナナは不思議そうにおばさんを見る。
「そうかい、ならついといで」
おばさんはそう言ってバイクの後ろに荷物を、前のカゴにナナを乗せて走り出した。
ブロロロロロロ ブロロロロロロ
おばさんの勢いに流されるままに着いてきてしまったナナ。けれど、ナナは不思議と不安な気持ちにはならなかった。
「この道をよく覚えておくんだよ。今から行くお店は、ちょっと道が入り組んでいるんだ」
ナナは道に目印になるものがないかと見るけれど、裏道なのか、木や壁ばかりでなかなか特徴になるものがない。ナナは不安になって小さく呟いた。
「1人で帰れるかしら」
「そのためによく見ておくんだよ!」
独り言なのに!
ナナはなんだかこのおばさんが怖かった。
お店に着き、カゴから降りようとすると、ブンブンと蜂が花壇の花の周りを飛んでいるのが見えた。それを見て、蜂だったら高く飛んで上から場所を確かめるのに、と思うナナだった。
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