フィルとの初共鳴


特別試験の当日、学院の訓練場には早朝からざわめきが満ちていた。


空は薄曇り。だが、その中でも冷たい白銀を湛える竜の姿は、どこか神聖な気配を漂わせていた。


「……アズラ」


レオニスは竜の前に立ち、息を整える。鋭い眼差しが彼を見下ろしていたが、そこに敵意はなかった。ただ、試すように、見極めるように、その双眸は揺れている。


(平気。君ならできる。僕も、いるから)


ふと、風が揺れた。


幻聴ではない。確かに聞こえた。耳元で囁くような、だが胸の奥を震わせるような、フィルの声。


『目を閉じて。心を開いて、僕の声を――感じて』


レオニスはそっと目を閉じた。


その瞬間、風が止まり、音が消えた。世界が白に包まれ、あらゆる存在の気配が静寂の中へ沈む。


――そして。


目を開けた時、彼は“そこ”にいた。


それは現実ではなかった。夢とも異なる。魂の深奥、共鳴の領域――“心界”とでも呼ぶべき場所だった。


「……ここは……?」


淡く光が滲む空間に、ひとつの影が立っていた。


長い銀の髪を風に揺らし、澄んだ蒼の瞳がレオニスをまっすぐに見つめている。人とも竜ともつかぬ、どこか幻想的な雰囲気を纏ったその存在は、ゆっくりと近づいてきた。


「やっと、会えた」


その声は、フィルのものだった。


「フィル……君が、フィル?」


「うん。正確には“もう一度”だね。僕たち、再会したんだよ、レイ」


懐かしさが胸を満たす。確かに、初めて会ったはずなのに、どこか切ないほどの懐かしさが押し寄せてくる。


「……どうして、僕のことを“レイ”って?」


「それが、君の本当の名だったから。前の……僕たちの世界での」


レオニスの瞳が揺れる。過去の記憶。竜が呟いた“呼び名”。ディアンの言葉。そして、今目の前にいるこの存在。


すべてが繋がった。


「……前世……君も、僕も、前の時代の記憶を……?」


「全部、じゃない。けど、大事な部分は、ちゃんと覚えてる。特に――君と過ごした時間だけは、ね」


フィルの瞳が細められ、微笑が浮かぶ。その表情に、レオニスの心が震える。


「僕たちは、かつて騎竜と精霊として、生まれ変わりを誓った。そしてまた、こうして出会えた」


「騎竜……? でも、フィル、君は……」


「竜でもあり、精霊でもある存在。だから、誰にも存在を知られなかった。でも、レイだけには届いていた。ずっと、君のそばにいたよ」


レオニスはゆっくりと手を伸ばす。フィルもまた、優しくその手を包むように触れた。


その瞬間、世界が揺れ、竜の咆哮が響いた――現実世界の訓練場だ。


レオニスの身体が空に舞う。アズラの背が、彼を乗せたまま滑るように浮上し、周囲の生徒たちがどよめく。


「共鳴反応! 完全同期だ……!」


「嘘だろ、あの竜と……!?」


風が弾け、空を裂くようにアズラが駆ける。その背には、まるで一体化したかのように揺るぎなく座るレオニスの姿。


『飛べるよ、レイ。君が望めば、僕たちはどこへでも行ける』


「……ああ、行こう、フィル。これが、僕たちの始まりなんだ」


共鳴。それは、魂と魂が重なり合う瞬間。


そしてその中心には、確かにフィルがいた。


どんな時も、名も知られぬ精霊として、ただ一人の騎士を待ち続けていた存在が。


――今、ようやく手を取り合った。


その絆が、学院に新たな伝説の始まりを告げる。

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竜と契りし精霊王 @3ixk

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