Chapter32 宗谷岬②

       目元のホクロ


海の向こうに小さな船影が見える。

水平線を越えたばかりのその船影から、流氷を砕く音が、岬まで響く。


「何あれ?」

「砕氷艦や、秘密警察上層部にお前の事を話したら、軍部が興味を示した」

「おおい、何の話だよ!」


モリオが慌てて、口をはさむが、鏡子が遮って話し出す。


「あんたの目的は私をこの国から出させる事でしょう?マレビトはこの国から出られない。その呪縛を解く為に、私を利用しようとしている」

「お前の為や」

「自分の為でしょ?私は一度もこの国を出たいなんて言っていない」

「言っていないは思っていないやない」

「何、その屁理屈、でも、もう無理よ。私はあんたがやろうとしている事に気付いた。皮肉ね、私が気付かなければあなたの思いを受けれた」

「船からヘリが来る」

「え?」

「もと居た世界では、俺はKGBのスパイやったが、それも体制の崩壊で後破産になった。この世界ではソ連は滅ばず、この国の友好国になった。という事は俺のおった組織は残っとるかもしれんと思って、元の世界のスパイのコードネームで連絡をしたら、この世界にも俺が存在しとったようや」


モリオが呆れる。


「もう何を聞いても、驚かねえな」


緩やかに姿を表す遠影とは対照的に船首に砕割される流氷の音は地鳴りのように鏡子達のいる所まで響き渡る。


「サハリンのクリリオン岬は、この宗谷岬の目と鼻の先や。あれに乗ってソ連に行けば、そこはもう国外や、どうする?もう、周りの奴らも、俺とお前が何をするのか気付き出すぞ」

「あんた、忘れた?マレビトは海を渡れないの」

「俺には返すべき命がある。それをお前に渡せば、お前は命が2つになる。例え、ひとつ失っても、もうひとつある。そして俺はマレビトでは無くなり…」


と言い掛けて、コトブキは自分の腰の散弾銃をポンと叩く。


「コレが使える。モリオのは模擬弾やが、俺のには1発実弾入っとる。船は遅いが、俺が合図を出せば、艦上ヘリを出してくる。命が2つあるお前とマレビトの命を捨てた俺なら海を越えられる」


コトブキの言葉に鏡子は考え込む。

カラス達の方から、試し撃ちのように、麻酔銃が一発撃たれる。

それに反応する様に、モリオは散弾銃を構える。


「マレビトは国外に出たら爆発すんじゃ無いのかよ!」


モリオは自分の背中越しにコトブキに絶叫する。




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