Chapter19 稚内空港②

         緩慢な地獄


コトブキの言葉に言いにくそうに、横内は口を開く。


「それなんだが、内閣府から幕僚長に、治安出動待機命令が出た。これにより情報共有のため、公安にマレビト部隊の情報を渡すように、指示を受けた。ここの会話も聞かれている」

「公安の内偵なんぞとうの昔に付いてるわ。白々しいのう、横内別班長」

「お前は面子を潰した」

「そんなもんは潰れとけ」

「バカ、警視庁の面子だ。お前に刑事の身分をつけて、警察に潜り込ませるのに苦労をしたのは向こうだ。それを病院のゴミ捨て場に捨てやがって」

「はっ、それで治安出動待機命令かい。ほぼ戦時下やんけ、俺一人のせいで国中のマレビトがテロリスト指名を受けたわけやな。そんなもんに自衛隊も引きづられっとったら、国滅ぶぞ」

「面子や虚栄心は組織を内向きさせる。そう言うものは、警務組織辺りでやっていればいい、国家を背負って武装する組織には必要ない。我々自衛隊は他勢に対して例え独りになろうとも、戦う思想と精神力を持ち合わせていればいい。それが兵士だ」

「さすが、横内別班長。盗聴されていると分かっていて言う、その根性」

「俺はただの陸佐だ、そういう組織は知らん。まあ、いい。お前をバケモノに作り上げたのは我々、陸自だ。マレビトがヒトと深く関わればこうなる。歴史に学んでいなかった」

「横内、マレビトはヒトが死んで初めてマレビトに成るんやで、俺らかて、成りたくてなった訳やない。そして生と死の繰り返しの中で気付くんや、これは地獄やと。あるものはヒトと関わろうとし、あるものは破滅的になる。でもな、結局は残るのは虚しさだけや、お前らはいつか死に、俺達は残る。ゆるくぬるい地獄だ。横内、もう会う事は無いかもしれんから、これは俺からの餞別や。お前は普通の生活に戻れ。公安にバレた。別班は公安の後塵を踏むしかなくなる。別班はマレビト在りきの秘密組織や、俺らがおらんくなったら、別班は消滅するしかない」


「コトブキ」と横内は言ったが、そのまま黙り込む。

コトブキの声が、急に明るくなる。


「あんな、俺はこの緩慢な地獄で光を見たんや、マレビトに女がいた。」

「女?」

「ああ、俺はあの女を助けたい」


コトブキが受話器を耳に当てたまま後ろに振り向くと、鏡子が海を見ていた。

凍てつく海を黙って見ていた。





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