Chapter17 平成7年1月17日

       阪神淡路大震災


コトブキは神戸のアパートの一室で、寿々すずという女と暮らしていた。


平成7年1月17日5時46分


コトブキは激しい腹痛で目を覚ました。

地震でアパートの鉄骨が崩れ、コトブキの脇腹を貫いていた。

隣に寝ていた寿々は、足を木材に潰されていた。

コトブキは唯一動かせる足で寿々の足元の木材を除け、「行け」と言った。

寿々は、コトブキの言葉に従わず、残った足でコトブキの腰のあたりを押し出すように蹴り飛ばした。

コトブキの脇腹は引きちぎれ、血はますます湧き出てきた。


「余計な事をするな、行け」というコトブキの言葉に、寿々は首を振る。

「お前も死ぬぞ」


コトブキの言葉を無視するように、寿々は話し掛ける。


「聞いて、私は死んでも、何度でも生き返るの。そうやって千年、生きてきた。でもいつか終わる日が来る。今、私にはその終わる日が近い、この特別な命をどこかへ返さなきゃならない。でも終わりが近い私にはもう一つ出来る事がある」


寿々はコトブキにキスをする。


「あなたを愛しているから私の命をあげる。この命で私のように生きる事も出来る。でも、キズが治れば、その命を返しなさい」


もう一度コトブキにキスをする寿々、唇の隙間から光が漏れる。

弱々しく消えゆく寿々の心臓の鼓動がコトブキに伝わる。

寿々はコトブキから唇を離す。


「わたしをさがして」


そういうと、寿々はコトブキの胸に倒れ込む。

コトブキは小さく寿々の名前を呟き、また目を瞑る。


瓦礫の隙間から夜明けの光が顔に当たり、コトブキは目を覚ます。

そばにはもう寿々は居ない。

コトブキは身体を起こして、瓦礫を除け、外に立つ。

朝日を受けて立っているコトブキに、オレンジ色の服を着たレスキュー隊員が離れたところから声をかけて来る。


「君!大丈夫か?」


レスキュー隊員がコトブキに近づくと、コトブキの服は、乾いた血で赤黒く汚れていた。


「怪我をしているじゃないか!」


と、慌ててコトブキの脇腹に手を当てるレスキュー隊員には左手が無かった。

右手だけで触るコトブキの脇腹には怪我など無かった。

オレンジ色の服の男は含み笑いの様な音を口から出して、自分の上着をコトブキの掛ける。


「俺の名前はハタノだ。お前と同じ様に地獄から生き返った」


何も言わないコトブキの鼻先に当たる朝日が金色に筋を引いている。


「ようこそ、マレビトの居る世界へ」


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